第27回:炭素税の役割(後編) 2003年5月10日(土)

前回の知識の泉では、地球温暖化問題をテーマとして、汚染課徴金を課すことによる経済厚生の変化について書きました。生産量に比例して、社会的限界費用曲線と需要曲線の交点における限界外部費用に等しいだけの汚染課徴金を課すことによって、経済厚生は最大化されるという結論でしたが、このような課徴金のかけ方は、企業に二酸化炭素排出量を削減させるインセンティブが低いという問題があります。

上の図をご覧ください。この図についてはいくつか説明が必要な点がありますので、順を追って説明します。まず、各図の横軸は、点O2から左方向へ、二酸化炭素排出量を取ったもので、課徴金を課さない場合の排出量はO2O1であると仮定しています。したがって、O1から見ると、点O2に向かうにつれて二酸化炭素排出量は少なくなります。また、図@Aの曲線MCAとMCBは、企業Aと企業Bがそれぞれ二酸化炭素排出量を限界的に1単位削減するときに増加する費用、すなわち二酸化炭素排出削減のための限界費用を示しています。これらの曲線上では、企業の省エネルギー技術は一定であると仮定しています。二酸化炭素排出量を削減するためには、エネルギーを節約する必要がありますが、省エネルギーのための限界費用は二酸化炭素排出量を削減しようとすればするほど省エネルギーが困難になるので、増大すると考えられます。よって、曲線MCAとMCBは右上がりの曲線になっています。そして、図BのMCは、以下に述べるような点を考慮した上で、個々の企業の二酸化炭素排出量削減の限界費用曲線を水平方向に合計したもので、社会全体が二酸化炭素の排出量を削減するときの限界費用曲線となっています。まず、企業が二酸化炭素排出量を削減する1つの方法は、生産量を減らすことです(ちなみに、もう1つは省エネルギーです)。図@Aでは、個々の企業が生産量を減らしても、財の価格は変化しないと仮定しています。しかし、企業が同時に生産量を削減することで二酸化炭素排出量を削減するときには、社会全体の供給量の減少を反映して、財の価格は上昇します。財の価格は、消費者にとっての財の限界評価を表しています。したがって、財の価格が上昇することは、消費者にとって、失われる限界的な価値(すなわち機会費用)が大きくなることを意味します。この限界価値の増加を反映して、企業全体が二酸化炭素排出量を同時に削減するときの限界費用は、個々の企業の限界費用よりも大きくなります。その結果、曲線MCの各点の傾きは個々の限界費用曲線を水平方向に合計したものよりも大きくなります。

他方、図Bの曲線MBは、二酸化炭素排出量を限界的に1単位引き下げることによる将来の被害の減少を、現在の時点で評価した限界利益を表しています。図では、二酸化炭素排出量がO2C1まで減少すると、将来被害が発生しなくなる(つまり、外部不経済が発生しなくなる)ため、二酸化炭素排出量をそれ以下に減らすことによる限界利益は、ゼロであると仮定されています。

それでは、社会的に見てどこまで二酸化炭素排出量を削減することが望ましいのでしょうか?二酸化炭素排出量を削減することによる社会的な純利益は、二酸化炭素排出量を削減することによる社会的総利益から、そのための社会的総費用を差し引いたものです。二酸化炭素排出量を削減することによる社会的総利益は曲線MBの下の面積で、同じくその総費用は曲線MCの下の面積で、それぞれ示されます。二酸化炭素排出量を削減することによる社会的純利益が最大になるのは、上の図で二酸化炭素排出量がO2C0まで削減されるときです。O2C0を、「最適二酸化炭素排出量」といいます。

二酸化炭素を大気に自由に排出することができる場合の生産量は、前回の知識の泉の図の点E0で与えられますが、このときの二酸化炭素排出量は上の図ではO2O1であり、最適二酸化炭素排出量よりも大きいです。二酸化炭素排出量をO2C0まで削減するための1つの方法は、企業が排出する二酸化炭素排出量1単位につき、課徴金を課すことです。この課徴金の大きさは、二酸化炭素排出量削減の限界費用と限界利益が等しくなるときの限界利益に一致します。

いま仮に、企業Aの二酸化炭素排出量を図@のO2A0として、そのときの課徴金総額を求めてみましょう。この問題を考えるときは、点O2は二酸化炭素排出量がゼロの点であり、点O1に近づくほど排出量は多くなる点に注意が必要です。二酸化炭素排出量1単位につきt円の課徴金が課せられると、企業Aの課徴金総額は面積FGA0O2になります。ここで、企業が二酸化炭素排出量をO2A0からO2A1にΔA単位だけ削減すると、課徴金総額はt×ΔA円だけ減少します。これは面積GA0A1Iに等しいです。他方、二酸化炭素排出量をΔAだけ減らすためにかかる費用は、限界費用曲線のA0からA1にかけての下の面積(HIA1A0)です。したがって、企業は二酸化炭素排出量をΔAだけ減らすことによって、面積GHIの純利益を得ます。二酸化炭素排出量を削減することによる純利益がなくなるのは、二酸化炭素排出量をO2A1まで削減したときです。なぜかというと、O2A1以下に二酸化炭素排出量を削減しようとするなら、課徴金支払い額は減らした二酸化炭素排出量1単位につきt円だけ減少するが、二酸化炭素排出量を削減するための限界費用はt円を超えてしまうからです。企業Bについても同様のことが当てはまるので、企業Bは二酸化炭素排出量を、課徴金を課する前のO2O1よりもO1B1だけ削減しようとします。

上で述べたような課徴金は、日本では「炭素税」と呼ばれています。この炭素税を課す代わりに、二酸化炭素の排出を削減することに対して補助金を与えることによっても、炭素税の課税と同じ効果を得ることができます。ただし、その場合には補助金をどのように調達するかという問題が生じます。

さて、日本や先進諸国の環境政策には、排水や排煙に対してその排出量を一律に規制する排出規制を採用するものが多いですが、この排出規制と炭素税の相違点を考えてみましょう。いま政府は、炭素税ではなく排出規制によって、図@Aにおける企業A・Bの二酸化炭素排出量の合計が、炭素税課税のもとでの(O2A1+O2B1)になるよう、両企業の二酸化炭素排出量を同じ水準に規制するとしましょう。企業Aは、炭素税が課せられる場合よりも、二酸化炭素を(O2A2−O2A1)だけ余分に排出できます。逆に、企業Bは二酸化炭素の排出を(O2B1-O2B2)だけ余分に削減しなければなりません。両企業の二酸化炭素排出量の合計は、炭素税課税の場合と同じなので、企業Aの二酸化炭素排出量の増加分は、企業Bの二酸化炭素排出量の削減分に等しくなります。他方、企業A・Bの二酸化炭素排出量を削減するために要する限界費用は、それぞれ二酸化炭素排出量がO2A1・O2B1のとき等しくなります。

まず、環境規制のもとでは、企業Aの二酸化炭素排出量削減のための費用は、炭素税課税の場合に比べて面積IJA2A1だけ減少します。他方、企業Bの二酸化炭素排出削減費用は、面積KLB2B1だけ増加します。限界費用曲線が右上がりで、点A1と点B1で両企業の限界費用が一致していれば、後者の面積は前者の面積よりも大きくなります。このことは、社会全体の二酸化炭素排出量をある水準に保つという目的を達成する上では、企業AとBの二酸化炭素排出量を同じ水準に規制する環境規制は、炭素税を課税するよりも社会全体により大きな負担をかけることを意味しています。

図@Aでは、企業Aの方が企業Bよりも低い限界費用で二酸化炭素排出量を削減できることを表しています。このことは、二酸化炭素排出削減量が同じであれば、企業Aの生産量の削減は企業Bのそれよりも少ないことを意味します。すなわち、企業Aはより優れた省エネルギー技術を持っているため、企業Bに比べて財の生産のより少ない犠牲で、より大きい二酸化炭素排出量の削減が可能なのです。炭素税課税のもとでは、t=MCA=MCBとなるように両企業の二酸化炭素削減量が決定され、企業Aの二酸化炭素排出削減量は企業Bのそれよりも大きくなります。その結果、社会は炭素税のもとでの方が、財の生産・消費のより少ない犠牲で、排出規制と同じ環境基準を達成できることになります。

炭素税が環境規制よりも優れているもう1つの点として、炭素税は環境規制に比べて省エネルギー技術を開発する強いインセンティブを与える点が挙げられます。いま、ある企業が二酸化炭素排出削減量をDに維持するように規制されているとし、限界費用曲線を下方にシフトさせ得る省エネルギー技術を開発できるとしましょう。省エネルギー技術開発による限界費用の減少分をΔMCとすれば、環境規制のもとでこの技術を導入することによって、この企業が年々負担する費用は(ΔMC×D)だけ減少します。企業はこの毎年節約される費用と、この技術を導入するための費用とを比較して、この技術を導入するかどうかを決定します。

それでは、税率tの炭素税が採用されている場合に、この技術を導入した場合はどうなるでしょう?もしも二酸化炭素排出削減量がDで変化しなければ、費用は面積(t×D)だけ減少します。しかし、炭素税が採用されている場合には、企業は二酸化炭素排出削減量をDからさらに増やそうとするでしょう。この企業が排出削減量をD1まで増加させるとすれば、炭素税の支払い額はt×(D1−D)だけ減少します。ただし、排出削減量をD1まで増加させるには、新たに{(2t−ΔMC)×(D1−D)/2}だけかかります。ΔMCは正の数なので、炭素税支払い額の減少分は、二酸化炭素排出量削減のための費用増加分を上回ります。

※なぜか?…(D1−D)=ΔDとおけば、
         炭素税支払い減少額(ΔT)=t・ΔD
         排出削減量増加による費用増分(ΔC)={(2t−ΔMC)×(D1−D)/2}
                                 =(t−ΔMC/2)・ΔD とおける
         ΔMC>0だから、t>(t−ΔMC/2) すなわち、ΔT>ΔC

このように、省エネルギー技術を導入する利益は、環境規制のもとでよりも、炭素税のもとでの方が大きくなるため、環境規制のもとではこの技術を導入することが有利でなかったとしても、炭素税のもとでは有利になる可能性が出てきます。この相違は、炭素税のもとでは二酸化炭素排出量を減らせば減らすほど、炭素税の支払いを節約できるという納税節約効果が存在するために生じます。しかし、当然のことですが環境規制にはこのような納税節約効果がありません。これが、炭素税のほうが省エネルギー技術の開発をより強く促進する理由なのです。

今回はちょっと長々しくなってしまいましたが…次回は、社会厚生について書こうと思います〜。。

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