第39回:割引券の謎!?〜素朴な疑問シリーズ〜 2003年9月7日(日)

9月に入って、このコーナーの更新も復活させました!このコーナーを楽しみにしていてくれている皆さん(←いるのか?死)、今後ともぜひこのコーナーをごひいきに♪というわけで、今回は復活後の記念すべき第1回目。軽〜い話題からいってみたいと思います。というか、これは皆さんも疑問に思ったことがあるんじゃないかな?と感じたので、ネタにしてみました。。。

たとえば、皆さんがあるお店で買い物をしたとしましょう。このお店では、現金支払い額によって割引券をくれるというサービスをやっています。それで、皆さんはこの割引券が10枚ほどたまったので、これを使って買い物をします。割引券10枚と、不足分の現金を支払ったところ、店員さんは再び割引券を2枚くれました。そう、現金支払い額に応じて割引券をくれるシステムのため、割引券をくれる条件を満たすだけの現金を支払って買い物をすれば、また割引券をくれるわけです。そこで、皆さんはこう言うわけです。「割引券を2枚くれるくらいなら、初めから割引券2枚分を割り引いてくれませんか?」

…えっ?そんなセコいこと言わない!って?まぁまぁ、ここはひとつ、そう言ってみましょうよ。もしかしたら、割り引いてくれるかもしれませんよ?

しかし、店員さんは「申し訳ありません、それはできないんですよ」と答えました。こう返されると、「なんで?」って聞きたくなりますよね。おそらく皆さん、実際に店先でこういう交渉はしてみたことがないと思うんですが、実際にやってみるとおもしろいかもしれません。「なんで?」という問いに、何人の店員が明確な答えを出せるか!?これを読んだ皆さんは、ぜひ1度試してみましょう♪そして、これを読んでいる店員さんは、もしこう聞かれたときに、安心してお客様に納得してもらいましょう!笑

さて、それではこの素朴な疑問に対する解答なのですが、そもそもお店はなんでこういった割引券サービスをするのでしょうか?このことに関連して、次のような例を考えましょう。皆さんの中には、映画鑑賞が趣味だという方もいると思いますが、今や映画といえば、映画館に行かなくても、封切りからしばらく時間がたてばテレビなどでも放送されるし、ビデオやDVDになって発売されます。このように、映画館はテレビや映像媒体に代替されるようになったので、空席が目立つようになりました。そうなると映画館の館長は、観客をもっと増やしたいと考えるでしょう。そのための方法の1つとして、空席が目立つ平日の入場料を割り引くことが考えられます。しかし、もし入場料を割り引いてもその割に観客数が増えないのであれば、総収入はかえって減ってしまうという結果になります。

実際には、映画館では全ての観客の料金を安くするのではなくて、学生や子供に対してだけその他一般の観客よりも低い割引料金を設定しています。学生や子供にだけ割引料金が適用されるのは、単純に「学生や子供はお金を持っていないから」ではなく、学生や子供の映画に対する需要の価格弾力性が、他の観客よりも高いからなのです。個々の映画館は供給者が一企業という意味での「独占企業」ではありませんが、それが立地している地域ではある程度の価格支配力を持っています。したがって、彼らが直面する需要の価格弾力性はマイナスの値を取ります。中でも、学生や子供(もしくは、子供連れの親)の、映画に対する需要の価格弾力性は大きいので、彼らに割引料金を提供することによって、学生や子供の観客を料金の割引率以上に増やして、総収入を増大させ得る余地があります(←需要の価格弾力性が大きい=価格の変化に対して、需要量が大きく変わる。第34回の知識の泉参照)。それに対して、その他一般の観客に割引料金を適用しても、彼らの需要の価格弾力性が小さいために、かえって総収入は減ってしまうのです。このように、需要者を需要の価格弾力性の相違に基づいてグループ分けすることを「市場を分割する」といい、グループごとに異なってつける価格を「差別価格」といいます。

このような市場の分割方法としては、次のような「自己選択」とよばれるメカニズムを使う方法もあります。今、仮に、ある小売店の経営者が、来店した客を一目見るだけで、その客が価格を割り引けば割り引いた以上に買い物をしてくれる(つまり、需要の価格弾力性が大きい客である)かどうかを見分ける超能力を持っているとしましょう。この場合には、その小売店は割り引いた以上に買い物をしてくれる顧客に対してのみ割引価格を適用することによって、収入を増大させることができます。しかし残念ながら(?)、小売店の経営者はそのような超能力を持っていません。しかし、こういった超能力を持っていなくても、それほどの費用をかけることなく、価格を割り引けば割り引いた以上に買い物をしてくれる客に対してだけ価格を割り引くという、実に巧妙な方法があります。

たとえば、期間を限った回数券や来店ごとに消費額に応じて一定の額の割引券を配布し、それが何枚かに達したら料金を割り引くという方法がそれに当たります。割引券を配布するのではなく、小さなノートを配布し、来店ごとにスタンプを押して、スタンプの数が一定の数以上に達すると割り引くという制度や、前もってメンバーズカードを発行しておき、来店ごとに割り引くという制度も、美容院や飲食店をはじめとするさまざまな小売店やレンタルショップなどで広く、日常的に採用されています。

割引券やスタンプがある数以上に達したときに割り引くということは、消費量が多い消費者にとっては、消費1単位あたりの価格を引き下げるということに他なりません。このように、1単位あたりの価格が消費量に応じて変化する価格体系を、「非線型価格」といいます。需要の弾力性が大きい消費者は、割引券やスタンプを集めて当該の店から購入すれば、1単位あたりの価格が安くなるので、これらの制度を利用しようとするでしょう。それに対して、割引券をもらってもすぐ捨ててしまったり、スタンプを集めようとしない消費者もいます。このような消費者は、当該の店にとっては価格を割り引いても来店してくれない、需要の価格弾力性の小さな消費者です。このようにして、これらの割引制度においては、結果的に割引券やスタンプを集めて利用しようとする、需要の価格弾力性の大きな消費者に対しては、そうでない消費者よりも割安な価格が設定されることになります。すなわち、当該の店にとって需要の価格弾力性が大きな消費者は、割引制度を利用することを通じて自らが需要の価格弾力性の大きい消費者であることをその店に知らしめる結果となります。それに対して、割引制度を利用しない消費者は、その店にとっては価格弾力性が小さい消費者であることを知らしめる結果となるのです。この割引制度のもとでは、売り手は2つの価格(消費量が大きいほど安くなる割引価格と、割り引かない価格)を設定して、消費者自身にいずれかを選択させることによって、需要の価格弾力性の大きい消費者と小さい消費者とを選別しています。この意味で、このメカニズムを「自己選抜」とか「自己選択」といいます。

では、以上を踏まえて最初の問題に戻りましょう。上の説明からすると、新たにもらった2枚の割引券は、現在の買い物に対する割引ではなくて、将来の買い物に対する割引ということになりますね。したがって、仮に現在直ちに割引券2枚分の金額を割り引いたとき、その客が今後もこの店で買い物をしてくれて、現在割り引くことによって店の収入が確実に増大するのであれば、現在直ちに割引するでしょう。しかし、そのような保証はまったくないので、実際に買い物をしたことが確実になってから割引を適用するのです。

以上、素朴な疑問シリーズ、いかがでしたか?このコーナーを立ち上げた当初は、このような形式でスタートしたのですが、最近はどうもどっぷりと経済学に浸かってしまった内容になっているので、久々にとっつきやすい内容で収めてみました♪次回のお題は…すいません、来週までに考えときますね(憤死)。。

トップに戻る…