第36回:不確実性の回避〜先物市場のお話〜 2003年7月20日(日)

例えば、皆さんがちょっと大きい買い物をするときのことを想像してみて下さい。どうしても欲しいものが今、店に売りに出されています。よっぽど衝動買い癖のある人でない限りは、「ここで買うべきか、もう少し待つべきか」という風に、じっくり考えるでしょう。ここで考えることといえば、「もしかしたら、もう少し時間がたったら値段が下がるかもしれない」ということではないでしょうか。例えば、今の値段が5万円だったとしても、もう1ヵ月もすれば市場価格は4万円になっているかもしれません。そうすれば、この1ヶ月間での貨幣価値の変化をまったく考慮しなければ(つまり、インフレなどの影響がないと仮定すれば)、1ヶ月後に買えば1万円得します。しかし、どうしても欲しいと思っているものを1ヶ月間我慢するわけですから、そこには不効用が発生しますね。この不効用を貨幣的な価値に置き換えたものが、1ヶ月後の価格変化(今回の例では1万円)に比べて小さいものであれば、皆さんは1ヶ月間、買うのを我慢するものと思われます。ただし、ここで考慮している「1ヶ月間での価格の変化」の度合いについては、個人個人で評価が異なるでしょうから、皆さんのうちの全員が同じように買うのを1ヶ月間我慢するかどうかといえば、それは一概にYESとは言えません。ことに需要の価格弾力性が小さい財については、市場需要の変化に対してその物価が急激に変化するので、現在この財を購入せずに、一定期間後に財を購入しようと考えるとすると、一定期間後には一体いくらでこの財を購入できるかの予想が非常に立てづらいという危険があります。このような危険を回避するために、「先物市場」というものが存在します。

まず、先物市場とは何か?ですが、「先物取引」を行う市場を指します。「先物取引」とは、将来の特定の日に「何を」「どれだけ」「いくらで」売買するかという契約を現在の時点で結び、契約上の特定の日以前に反対売買するか、契約上の特定の日に契約どおり売買を行うかのいずれかによって決済する取引のことをいいます。この、契約上での特定の日のことを、「満期」といいます。

先物市場の仕組みを説明するために、以下では先物取引の対象となっている商品として「原油」を取り上げます。いま、ある原油の輸入業者は1ヶ月後に原油を1バレルだけ輸入しようとしているとして、原油価格の変動に伴う危険を回避したいと考えているとします。原油の先物市場では、1ヶ月後に受け渡しされる原油の価格が先物の原油需要と原油供給とを等しくするように、現在決定されます。この価格を「先物価格」といいます。先物価格を1バレルあたり20ドルと仮定しましょう。このとき、輸入業者が現在、原油の先物を1バレルだけ買うという契約を結んで、1ヶ月後に20ドル支払って契約を履行すると、1ヶ月後に1バレルの原油を輸入することができます。

それに対して、現在先物契約を結んでおかない場合には、1ヶ月後にいくらで原油を輸入できるかわかりません。1ヶ月後に売買契約を結んで、直ちに輸入する場合の価格を、先物価格に対して「現物価格」といいます。輸入業者が、1ヶ月後の原油の現物輸入価格を、確率1/2で25ドル、確率1/2で15ドルと予想しているとしましょう。この場合、この業者の1ヶ月後の現物価格の期待値は20ドルで、上で述べた1ヶ月後の先物価格に等しいです。しかし、この業者が危険回避者であれば、価格の期待値は等しくても、価格がまったく変動しない先物取引を選択するでしょう。以上のように、先物契約を結ぶことによって、現物価格の変動の危険を回避することができるのです。

先物市場が形成されている商品としては、原油・小麦・大豆・小豆・繊維(生糸、綿糸、毛糸)・貴金属地金(プラチナ、金、銀)などの実物商品と、為替(円とドルの交換比率など)先物、債券・金利・株価指数などの金融先物とがあります。これらの先物に共通している点として、

@現物の商品が、比較的標準化しやすい
A現物価格の変動が大きい

という2点が挙げられます。まず@については、先物市場を作る費用が先物市場を作る利益を上回らないために必要とされる条件です。また、Aについては、それだけ価格変動の危険が大きいことを意味して、費用をかけてでも先物市場を作る利益が大きいための条件です。第34回の知識の泉で、需要や供給の価格弾力性が小さい財は、供給や需要のちょっとした変動によって価格が大きく変動することを説明しましたが、上に示した商品は供給と需要の価格弾力性が小さいです。そのため、これらの商品については先物市場が形成される@とAの条件が満たされていることになります。

さて、以上で先物取引によって危険を回避できることを説明しましたが、先物市場が存在するからといって、社会から危険そのものがなくなるわけではないことに注意が必要です。上の原油の先物市場には、現物の原油を持っていないのに1ヶ月後に原油を1バレル20ドルで売るという契約を結ぶ経済主体が存在します。このような経済主体こそ、上の例で、先物市場で原油を1ヶ月後に1バレル20ドルで買うという契約を結んだ輸入業者の取引相手なのです。

先物で原油を1バレル20ドルで売る契約を結んだ経済主体は、1ヶ月後にそのときの現物の原油市場で原油を1バレル購入して、その原油を取引相手である輸入業者に20ドルで売り渡します。1ヶ月後の現物の原油価格が1バレル15ドルであれば、先物で売り契約をした経済主体は、原油を1バレル15ドルで買って、20ドルで売ることになるので、差し引き5ドルの利益を得ます。しかし、もしも1ヶ月後の現物の原油価格が1バレル25ドルになれば、25ドルで買って20ドルで売らなければならないので、5ドルの損失を被ることになります。このように、先物取引で危険を負担して利益を上げようとする行動を「先物投機」といい、その経済主体を「先物投機家」といいます。先物で契約を結んで原油を輸入しようとする輸入業者の危険は、先物投機家によって肩代わりされているのです。この意味で、先物市場とは危険を消滅させる市場ではなくて、その危険負担を各経済主体間に配分する市場であるといえます。

次回は、広告についてのお話です。

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