第29回:再説〜完全競争市場〜 2003年5月25日(日)

今までの知識の泉で、「完全競争市場は最も効率的で、社会的に望ましい市場形態である」ということを書いたと思います。ここでいう「効率的」とは、まさに前回説明した「経済学的な」効率性を意味するわけで、つまり完全競争市場は最大の社会的厚生をもたらすということになります。今回は、このことについてお話することにしましょう。

需要曲線がDで、供給曲線がSであるような市場があります。均衡点(つまり、需要曲線と供給曲線との交点)は、点E0で与えられ、そのときの需給量がX、価格がPであるとします。また、需要曲線の切片をA、供給曲線の切片をBとします。この場合の社会的厚生の大きさを、図上の面積で表すことを考えます。社会的厚生とは「消費者余剰」と「生産者余剰」との和でしたね。そこで、それぞれの大きさを考えてみることにしましょう。まず消費者余剰ですが、消費者余剰とは需要曲線で与えられる消費者の財に対する限界評価から、その財を実際に消費するために支払わなければならない額を差し引いたものです。消費者は、Xだけの財を価格Pで消費しますから、消費者の支払い総額は(P×X)円になります。これは、図で表すと面積OXE0Pになります。次に、消費者が財をXまで消費する際の限界評価ですが、これは需要曲線と縦軸と横軸に囲まれる面積のうち、横軸が0からXまでの間の部分になります。これを図で表すと面積OXE0Aと表すことができます。消費者余剰は、以上の2つの面積の差分になるので、結果として面積PE0Aが消費者余剰となります。

続いて生産者余剰ですが、生産者余剰は利潤と固定費用の和です。利潤とは総収入から総費用を差し引いたものであり、総費用とは固定費用と可変費用の和でしたから、結局生産者余剰は総収入と可変費用との差で表すことができます。では、総収入と可変費用の総額をこの図ではどのように表すことができるでしょう?まず総収入ですが、こちらは均衡需給量E0に対応する生産量(X)を価格Pで販売するわけですから、総収入は簡単に求まります。すなわち、(X×P)ですね。これは図で表すと面積OXE0Pになります。次に、可変費用ですが…これについては、そもそも短期の供給曲線がどのように導出されるのかに注目すれば理解できます。供給曲線とは、価格Pが与えられたときに、どれだけ財を供給するかを示す曲線です。たとえば、価格がP0に与えられると、利潤最大化を目的とする企業は、価格が短期限界費用に等しくなる水準で財を生産して供給しようとします。このことから、短期限界費用曲線は個々の企業の短期供給曲線に一致することが分かります(厳密には一致しないのですが、この辺については文末にて…)。

それでは、限界費用とは何でしょう?第5回の知識の泉で説明した通り、限界費用とは財の生産量を限界的に増やしたときに変化する費用の額を表します。ところで、生産量が0である場合には、可変費用は当然ゼロです。ここで生産量を1単位増やすと、生産費用が3万円かかるとしましょう。これは、生産量を0から1に増やしたときの、可変費用の増加分と考えることができますね。つまり、このときの限界費用3万円とは、生産量が1単位の時の可変費用に等しいわけです。次に生産量を1単位から2単位に増やすと、生産費用がさらに1万5千円かかるとすれば、2単位の生産を行う場合の可変費用とは上の限界費用の総和(3万円+1万5千円=4万5千円)ということになります。このことから、X単位の生産を行う場合の可変費用の総額は、短期限界費用曲線(すなわち、供給曲線)と横軸に挟まれる部分のうち、横軸が0からXまでの間の部分になります。これを図で表すと面積OXE0Bと表すことができます。生産者余剰は、以上の2つの面積の差分になるので、結果として面積PE0Bが生産者余剰となります。

以上の結果を踏まえると、完全競争市場における社会的厚生の大きさは、面積PE0A+面積PE0B=面積AE0Bとなり、縦軸・需要曲線・供給曲線で囲まれる三角形部分の面積であることが分かります。それでは、仮に企業全体がXよりも少ないX1を供給するとしてみましょう。このとき、市場全体の供給量は点X1で垂直な直線で示されるので、X1が全て売り尽くされる価格は需要曲線上でP1に決定します。このときの消費者余剰は、上と同様の求め方で面積P1FAです。他方、生産者余剰も上と同様に考えるとP1FGBと求まります。社会的厚生の大きさは、この2つの面積の総和になりますが、これは明らかに完全競争市場における社会的厚生の大きさより下回ります。すなわち、過少生産の市場は、完全競争市場に比べて社会的に効率的でないことを意味します。

続いて、企業全体がXよりも多いX2を供給するとしてみましょう。X2が全て売り尽くされる価格は、需要曲線上でP2に決定します。消費者は、価格P2でX2だけの財を消費していますから、消費者余剰の大きさは面積P2HAで表せます。他方、生産者余剰の方は総収入が(X2×P2)で、面積OX2HP2となり、可変費用は供給曲線の下方の面積ですから、面積OX2IBとなります。これより、生産者余剰を面積で求めれば、P2GB−GHIとなります。社会的厚生は、

社会的厚生=P2HA+P2GB−GHI=(AE0GP2+GHE0)+P2GB−(GHE0+E0HI)
       =AE0GP2+P2GB−EHI=AE0B−E0HI となります。

面積AE0Bは、完全競争市場における社会的厚生の大きさであり、E0HIは正の大きさを持つ値ですから、過大生産の市場における社会的厚生の大きさは必ず完全競争市場における社会的厚生を下回ります。以上のように、生産量が完全競争市場における均衡需給量よりも多くても少なくても、社会的厚生は完全競争市場均衡におけるそれよりも減少することがわかります。

次回は、この考え方を踏まえて従量税や関税の経済的効果についてお話ししようと思います♪

※短期限界費用曲線≠供給曲線?…本文にて説明した通り、企業が利潤最大化を目指して行動する限り、「価格=限界費用」となるような条件で生産量を決定するわけですが、あくまでこれは「操業中止点を割らない範囲で」の話です。市場価格が操業中止価格を下回る水準に決定すれば、企業はその市場から退出して生産を行わなくなるので、厳密には供給曲線は短期限界費用曲線のうちの操業中止点の部分で不連続な曲線となるのです。ただし、本文では操業中止点について考慮していないため、「限界費用曲線=供給曲線」という仮定が成り立ちます。

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