第38回:広告の経済厚生 2003年8月9日(土)

前回の知識の泉で、企業の広告支出の決定について説明をしました。今回は、広告が経済厚生に与える影響について書いてみようと思います。

広告が経済厚生に与える影響は、広告の内容に強く依存します。たとえば、広告が製品の価格や、新製品の紹介など、消費者の選択にとって有益な情報を提供する場合は、消費者が効率的な選択をするのを助け、また市場をより競争的にします。市場が競争的になるということは、それだけ経済厚生が高まることを意味するのですが、このような場合、企業は広告がもたらす社会的便益の一部しか利潤として受け取ることができません。したがって企業は、このような広告を過少供給する傾向があります。

また、広告はマークアップ比率(=価格と限界費用との乖離率)の高い産業における需要を喚起して、その供給拡大を促す効果もあります。これはどういうことかというと、巧みな広告キャンペーンによって消費者の購買意欲を高めることによって財に対する需要をかきたて、その効果を通じて財の供給拡大を促すということです。このとき、供給拡大の効果が、広告費の支出よりも大きければ、経済厚生は高まることになります。他方、広告が消費者の購買行動の効率性を高めたり、競争を促進して供給量を増やすのではなく、単に既存の客を他社から奪うだけの効果しかない場合は、広告は私企業の利潤を高めますが社会的なメリットはありません。また、イメージ性の強い広告によって、実際には他とまったく同一である製品を他より優れているように見せかけて、消費者に高い価格を支払わせることになる可能性もあります。このような広告は、社会的に過剰供給される結果となります。

広告の経済厚生への影響の重要なメルクマールは、価格への影響です。多くの実証研究によりますと、製品の価格を知らせる広告のみではなく、広告の存在そのものが価格を下げる効果があります。たとえばこんな例…アメリカでは、1970年代までメガネの広告を規制する州があったそうですが、広告規制がない州でのメガネの平均価格は1963年に26ドルあまりでしたが、広告が全面的に規制されている州では平均価格はそれよりも7ドル以上も高いものでした。また価格の広告のみを規制している州では、広告規制がまったくない州より1ドル強高いものでした。つまり、価格を知らせると否とにかかわらず、広告の存在そのものが価格を下げる効果を持っているというわけです。さらに、広告の自由化が品質に与える影響についても研究されており、これらによると広告を活発に行うことを選択した企業は価格も品質も低下させる傾向にあり、自由化にもかかわらず広告をしない企業は、価格は下げるが品質を高める傾向が見られたそうです。

さて、本題とはやや離れてしまいますが、広告に関連する分野として、政府による情報の非対称性に対する対策についても少し触れてみたいと思います。情報の非対称性から生じる問題に対して、政府はさまざまな対策を取っています。第1に、政府は企業に情報開示を義務付けたり、これを促進したりしています。たとえば、株式上場されている会社は決算期ごとに会計情報を公開しなくてはならないし、食品の賞味期限や市販の薬品の副作用の表示も義務付けられています。表示の不備も製品の欠陥であるとするPL法(製造物責任法)も情報開示を促す効果があります。第2に、政府は製品の品質に最低基準を設けたり、医者・弁護士・会計士などサービスを提供する人に資格認定試験を課したりしています。第3に、保険に関しては、国民に強制的に保険加入させることによって健康な人の保険離れという逆選択の問題に対処しています。以下では、それぞれのコストと利益について考えてみましょう。

まず初めに、政府による情報開示の義務付けは必要なのでしょうか?虚偽の広告や不正表示が厳しく取り締まられている前提では、企業には自主的に消費者が重要と考える情報を公開する誘因があります。これはなぜかというと、品質の誇大広告が厳しく取り締まられているなら、よい品質の製品を有する企業のみが、その品質がよいことを公表して販売を増やすことができるからです。この結果、企業間の競争があれば、企業は自分の製品の品質の情報開示に強いインセンティブを持ちます。さらに、不正表示が禁止されている場合は、独占企業にさえも情報開示へのインセンティブがあります。情報を開示しないのは、製品の品質が悪いからだと消費者に判断されてしまうので、独占企業でも最悪の品質を有している場合以外は品質を正直に公開することになります。したがって、虚偽の広告や不正表示が不可能な場合には、市場メカニズムが情報開示を促します。

ただし、実際には以下に示すように、市場が効率的に機能しないことも多く、それによる損害が大きいと考えられる場合、情報開示の義務付けや促進は有益となります。まず第1に、現実には全ての企業が虚偽や不正表示をしないよう取り締まることは難しいということです。企業の表示が必ずしも正しいとは限らないなら、消費者は品質を見分けることができなくなります。また、消費者の抱いている品質についての予想が企業の実際の品質水準より高い場合、企業はあえてその品質の水準を公開しようとしないでしょう。通常これは、企業の虚偽にはあたりません。第2に、上で述べたメカニズムは品質の相対的な水準の開示しか促しません。たとえば、「たばこは健康に有害である」という事実はたばこ企業に共通した問題です。こうした情報を、各企業は積極的に開示しません。第3に、そもそも情報開示にコストがかかる場合も企業は開示に消極的となりますが、開示による競争促進などの社会的メリットは企業のコストを上回るかもしれません。また情報開示のルールによって情報公開の企画を標準化すれば、消費者がさまざまな品質を比較しやすくなるというメリットもあります。

次に、政府による強制的な品質基準の設定や資格認定試験は、低品質の財の供給を禁止することによって逆選択とモラルハザードの問題を解決することを目指しています。高品質の市場が成立するかどうかは、第23回の知識の泉でも少しだけ触れたとおり、低品質の財の割合が殿程度低いかによります。したがって、政府が品質基準などによってその割合を小さくできれば、逆選択の問題を解消できる可能性があります。また同時に、これはモラルハザードの問題も小さくし、品質向上への投資も促すことになります。しかし問題も存在します。第1に、政府も適切な品質や資格の水準を設定できない恐れがあります。その結果、供給が減少して、規制がない場合に比べて価格が高くなってしまう危険があります。品質よりは低価格を重視する消費者は、規制のために商品を買えなくなってしまう可能性もあります。第2に、これと付随して強制的品質基準も資格認定試験も自由な参入を阻止することになるので、参入済みの企業や人に超過利潤をもたらします。その結果、状況の変化によって強制基準や認定試験が不要となった業界でも超過利潤を守るためにその規制の緩和や廃止に反対する動きが起こっても不思議ではありません。

最後に、強制的な保険加入など政府による取引の強制は、逆選択による市場の消滅という問題は解決できますが、異なる品質の財が同じ価格で取引されることによるモラルハザードの問題は解決できません。こうしたモラルハザードを抑制するために、保険の利用にあたって一定の割合あるいは金額の自己負担を義務付けることが可能ではありますが、これによってモラルハザードが完全になくなるわけではありません。

…本コーナーを楽しみにしてくださっている皆さんにはやや残念なお知らせですが、本コーナーは今回をもって1ヶ月ほどのお休みを取らせていただきます。来月よりパワーアップ(!?)して再開しますので、ぜひお楽しみにしていてください♪

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