第12回:カルテルの崩壊 2003年1月4日(土)

前回、カルテルの成立について書きました。カルテルとは、簡単に言うと、企業同士が共同して価格や生産量を調整しあって、お互いの競争を抑制しようとする結託行為のことを言います。各企業が望ましい状態になるために結託するわけですが、どういうわけか現実のカルテルというものはしばしば崩壊します。その崩壊の原因は、もちろん法的な規制により解体させられる場合も少なくはないのですが、もうひとつ重要な原因として「カルテル破り」というものがあります。なぜカルテル破りは発生するのでしょうか?

そもそもなぜカルテルが成立するかなのですが、これは市場に属する各企業が結託して生産量を抑えることによって、完全競争の場合よりも利潤が多くなるからです。前回の記事の例と同様、2企業の数量競争における分析を考えます。企業1と企業2があり、両社とも生産の限界費用はゼロ、それぞれの企業の生産量をq1・q2とします。また、市場需要をP=1−(q1+q2)と仮定すると、ナッシュ均衡では各企業の生産量は1/3、利潤は1/9となります(←前回の知識の泉を参照)。しかし、各企業が結託して生産量を独占企業の生産量に抑えれば、両社の生産量は1/4に減り、利潤は1/8に増加します。これが、カルテル発生のプロセスです。

カルテルが存続しつづけるということは、両社がこの先永久的に独占利潤を得られる生産量(すなわち、q1=q2=1/4)を選択しつづけることを意味します。ここで、第n期にカルテル存続を両企業が選択した場合の、第n+1期における企業1の行動について考えてみましょう。企業2は、第n+1期もカルテル存続を選ぶと予想されますから、第n+1期における企業2の予想生産量はq2=1/4です。さて、このq2の値をもとに、企業1の利潤を最大にする企業1の生産量を求めます。

π1={1−(q1+q2)}q1=(3/4−q1)q1=(3−4q1)q1/4 となります。

分子を最大にするq1の値は、分子をq1で微分すれば

1/dq1=-8q1+3 なので、q1=3/8のときπ1が最大値となります。

q1=3/8を選択したとき、企業1の利潤は

π1=(3/4−3/8)・3/8=9/64 となり、独占利潤の1/8(=8/64)を上回っています。

以上より、相手企業がずっとカルテル存続の生産量を選択するならば、自企業は生産を拡大することで自企業の利潤を増やすことができるため、生産量を増やそうとする誘因が強くなります。これが、カルテル破りの原理です。そもそもカルテル自体には拘束性がなく、各企業はそれぞれ予想される相手の行動に対して自社利潤を最大にするように行動すると、カルテルの合意があったとしても、市場の均衡はナッシュ均衡と同じになります。両社が強調すれば、各企業の利潤は増加しますが、各企業は他者がカルテルを厳守すればするほど自社はカルテル違反をする誘因が高くなるので、各企業にとって望ましい結果は実現しません。このように、個々の企業が自社利潤の最大化を目指して行動する結果、全体の利潤が最大化されない現象を一般に、「囚人のジレンマ」といいます。カルテルの不安定性の原因は、カルテルによる高価格がカルテル参加企業にとってカルテル違反への強力な誘因を与えていることにあるのです。

このようなカルテル破り行為に対する報復措置として、企業2としては「企業1がカルテルに協力する限りは自社も協力し、もし企業1が裏切ったら来期から協調を止める」という戦略を取ることができるでしょうか。もしこのカルテルの関係が有限回しか続かない場合、カルテルを自発的に守る誘因は企業に発生しないことに注意が必要です。たとえば、企業間の関係が10期間続くとします。10期目にはもう後がないので、1回限りの競争関係と同じく「両企業ともクールノー競争における生産量を選ぶ」のがナッシュ均衡です。さかのぼって9期目には、9期目にどう行動しても10期目の結果が「両社とも競争」になるだろうと予想しているので、今期に協力しても将来相手から協力を得られないだろうから、9期目も10期目と同様、「両社とも競争」がナッシュ均衡になります。8期目、7期目、…も同様なので、結局「企業間の関係が有限である限り、カルテルへの自発的な協力は成立しない」という結論になります。したがって、「相手が裏切ったら、来期から協調しない」という戦略(このような戦略をトリガー戦略といいます)は、まったく意味がありません。

しかし、企業間の関係が無限に続く可能性がある場合には、事態は一変してこのようなトリガー戦略によってカルテルを自発的な誘因で維持できる可能性が生まれます。つまり、各企業は第1期に、カルテルにしたがって生産制限をします(q1=q2=1/4)。以後、相手が協力を続ける限り、自分も協力を選ぶが、相手企業が1度でもカルテル違反をしてq1=3/8を選択した場合は、来期以降は永久にクールノー競争における生産量(q2=1/3)を選択し、協調を止めるというわけです。このトリガー戦略におけるカルテル維持が均衡となるためには、各企業がいずれの期にもカルテル違反をする誘因を持たないことが必要です。各企業の利潤の現在割引価値を用いて具体的に計算してみると、ディスカウント・ファクター(=来期の1円が、今期のいくらに等しいかを表す比率)をδとすると、両企業ともある期(tとします)から永久にカルテル維持を続ける場合には、各企業の利得のt期時点での現在価値は、

πt=8/64+(8/64)δ+(8/64)δ^2+…=8/{64(1−δ)} です。

他方、企業2がトリガー戦略にしたがっているとき、企業1がt期目に裏切ったとしましょう。協力関係が存在しない場合には、各企業が独自に最善の生産量を選ぶ結果ナッシュ均衡が実現し、企業2も企業1もt+1期目にはq=1/3を選びます。この場合、企業1の利得のt期時点での現在価値は、

π1t=9/64+(1/9)δ+(1/9)δ^2+…=9/64+{δ/(9(1−δ)} です。

企業2がトリガー戦略にしたがって行動するとき、企業1がどの時点においてもカルテル違反をしないための条件は、

πt≧π1t より 8/{64(1−δ)}≧9/64+{δ/(9(1−δ)} となります。

これをδについて解くと、δ≧9/17という結果が得られます。すなわち、δがあまり低くなければ、企業1はカルテル違反をせず、さらに企業2もトリガー戦略から逸脱しないということになります。ディスカウント・ファクターを減少させるのと同等の効果がある要因として、市場利子率が上昇することや、裏切りを競争企業に察知されるまでの時間が長くなることなどが挙げられます。上述の分析の結果、ディスカウント・ファクターが減少すればカルテルが成立しにくくなることがわかるので、上で挙げたような要因はカルテル成立を妨害する要因となります。

その他にも、今期のカルテル利益の水準が高ければ高いほど、カルテル違反への誘因が強くなって協調が成立しない可能性が高くなります。したがって、需要の水準が変動する場合には、需要が一時的に高い場合にカルテルが崩壊しやすくなります。よって、これを防ぐために、カルテルが設定する価格は需要が高い時期ほど、独占価格に比べて低く設定する必要があります。また、カルテルに参加する企業数が増えると、各社にとって一方ではカルテルを破る利益が高くなり、他方でカルテルに従うメリットが小さくなるため、カルテルの維持は大変困難になります。個別の企業の利益からすると、カルテルが指示する生産量や価格を守らず、増産・値下げをしたほうが利益が大きいのは上で説明したとおりです。価格低下による利潤へのマイナスの影響は、各企業の生産量に比例するので、カルテルに所属するメンバーのうち比較的小さな企業ほどカルテルによる生産割当てを守らず、あるいはカルテルを離脱して増産するインセンティブが強く、逆に比較的大きなシェアを有する企業はカルテル維持のために努力する傾向が生まれます。OPECの場合も、市場シェアの大きいサウジアラビアが中心となってカルテル維持の努力をしてきましたが、加盟国は生産割当てを守らないケースが多かったそうです。「すべてのOPECのメンバーは、生産削減の負担を他国に押し付けることを望んでいた。小国のメンバーが生産を増やし値下げを行っても、大国のメンバーは合意全体が崩壊することを恐れて報復しなかった。このためサウジアラビアのOPEC輸出におけるシェアは1981年の47%から1985年の19%に低下してしまった」―カルテル破りの結果が如実に現れていますね。

さて、次回から数回にわたって、またまた補説コーナーを開設しようと思います。読めば今までよりもぐっと深い理解が得られる…かも!?

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