第22回:インフレーションW〜長期均衡〜 2003年4月5日(土)

前回までの知識の泉で、インフレ率の決定について説明してきました。ごく簡単に言えば、インフレ率とは総需要曲線と総供給曲線から導出できる「インフレ需要曲線」と「インフレ供給曲線」の交点で与えられるということでしたが、これはあくまで「短期的な」均衡点に過ぎない、という結論でしたね。

さて、ちょっと汚らしい図ですが(死)、上の図は、政府が一定の財政・金融政策を取っている場合のインフレ需要曲線D1と、人々がπe0の予想物価上昇率を持っている場合のインフレ供給曲線S0の例が描かれています。この期における物価上昇率は、D1線とS0線との交点で決定されます(つまり、π=π0)。しかし、この点は長期的には均衡点ではありません。なぜかというと、Y0が完全雇用GNPのYFを下回っているからです。政策当局が、失業の存在に対してなんら新しい対応策を取らないとした場合、この短期均衡点はどのように移動して、どのような長期均衡に達するでしょうか。できるだけ話を簡単にするために、政府は政府支出増加率をゼロ(すなわち、ΔG=0)に保ち、金融当局はマネーサプライ増加率をm0の水準に維持しているとします。また、各期ともYFは不変であるとします。

上のS0線とD1線の交点(以下、この点をE0点と呼びます)で定められるインフレ率π0と産出高Y0のもとでは、どのような調整が行われるでしょうか?まず、インフレ供給曲線はS0線からS1線へ、下方にシフトします。なぜなら、E0点が実現すると、次期の期待インフレ率はπ0に調整されるため、新しい供給曲線は(YF、π0)点を通らなければならないからです。次に、インフレ需要曲線はD1線からD2線へ左にシフトします。なぜなら、E0点が実現して、Y0が産出高ということになると、新しい需要曲線は(Y0、m0)点を通らなければならないからです(わからなかったら、前回の知識の泉の「インフレ需要曲線」の式を確かめてみましょう♪)。

以上、供給曲線と需要曲線がシフトする結果、均衡点はE0から移動して(Y1、π1)点に移動しました(この点をE1点と呼びます)。この結果、インフレ率はπ0からπ1へ下がり、GNPはY0からY1に増加します。しかし、E0点が短期的な均衡点であったのと同様に、このE1点もまた短期的な均衡点に過ぎません。以上のプロセスを繰り返すことにより、インフレ率は次第に下がって、GNPも増えていきます。こうして短期均衡点は移動していきますが、最終的にはどのようになるでしょう?結論から言えば、(YF、m0)点が長期均衡点になります。この点では、

@π=m0、つまりインフレ率はマネーサプライの増加率に等しい。
AY=YF、つまりGNPは完全雇用を達成する水準に等しい。
e=π、つまり実際のインフレ率と期待インフレ率が等しい。

以上、@〜Bを満たしていることに注目する必要があります。まず、πe=πであれば、インフレ供給曲線はもはやこれ以上シフトしないでしょう。また、π=m0であり、かつY=YFであれば、インフレ需要曲線もこれ以上移動することはありません。つまり、長期均衡とは、インフレ供給曲線もインフレ需要曲線もそれ以上シフトしない状態を指しているのです。

※なお、図中の黒い矢印は、経済がE0点から出発して長期均衡に達するおおよその道筋を表しています。

以上の分析から、短期均衡からスタートした経済はいずれは長期均衡に達し、長期均衡点における物価上昇率πは、マネーサプライの増加率mに一致し、また産出量は完全雇用に対応する水準に落ち着くということがわかりました。しかし、ここでひとつ大きな問題となるのは、ある短期均衡から出発した経済が、どれほどの期間をもって長期均衡に至るのかということです。この問題のポイントとなるのは、価格Pの調整速度がどれほどかということです。価格の調整速度が遅ければ、インフレ供給曲線の傾きは小さくなります。また、同じことですが、失業が存在している場合でも名目賃金率の下落速度が緩慢であれば、フィリップス曲線の傾きはそれだけ平らになるということになります。このような場合、短期的均衡点から出発して長期均衡に至る道のりは、非常に長いものになるはずです。ここまでの議論のフレームワークは、経済は長期的には必ず完全雇用に到達するという意味で、どちらかといえばマネタリストの主張するところに合致しています(マネタリストについては、本文の最後を参照♪)。しかし、だからといって経済が何らかの事情で完全雇用から離脱した場合、その自律的回復を待つべきだと常に主張することはできないのです。そのような主張の正当性は、上で述べたように価格の調整速度が敏速であるか、あるいは緩慢であるかという事実判断に依存するといわねばなりません。

インフレーションのお話は、今回で一応終了なのですが、本当はたった4回で収めきれるほど、インフレーションの話は簡単なものではありません(事実、かなりはしょった部分もあります…汗)。今回までの記事を読んで、ちょっとインフレのお話に興味をもたれた方は、ぜひ経済学の本をお読みになることをお薦めします。ちなみに、次回からの知識の泉は、またまた補説コーナーです。本説でけっこう重いテーマを扱ったから、補説で解説したいことがたくさんあるんだよねぇ…苦笑。。

※マネタリスト…「貨幣主義者」と訳されます。マーケット・メカニズムが完全雇用を達成し、マネーサプライは物価決定の役割を担うとする学派を、マネタリストといいます。第15回の知識の泉で「マネタリズム」というのに少しだけ触れたと思いますが、まさにこのマネタリズムが、マネタリストの主張するところです。

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