第34回:補説XII〜価格弾力性〜 2003年7月6日(日)

第30回の知識の泉で「税の転嫁」について書きましたが、「税がどれだけ消費者に転嫁されるかは、価格弾力性に依存する」という説明をしたと思います。今回は、この「価格弾力性」について説明します。

今まで何度も説明してきましたが、ある財の市場価格は、財に対する需要曲線と供給曲線とが交わる点で決定されます。しかし、これは短期的な均衡点であって、さまざまな要因によって需要曲線や供給曲線がシフトすると、それによって2曲線の交点も変化し、それが新たな均衡点となるわけです。たとえば、賃金が上昇して生産費用が増大すると、供給曲線は上にシフトします。この結果、需要曲線が変化しなければ、新たな均衡点(E1とします)はもとの均衡点(E0とします)よりも左方に移動するでしょう。もとの均衡点より左方に移動するということは、均衡需給量は減少して、均衡価格が上昇していることになりますね。もとの均衡価格をP0、供給曲線がシフトしたあとの均衡価格をP1としたとき、P0からP1に価格が上昇した際の、財に対する需要量の変化を「点E0における、需要の価格弾力性」といいます。需要の価格弾力性を数式で表すと、

点E0での需要の価格弾力性=(需要の変化率)/(価格の変化率)
                 ={(X1−X0)/X0}/{(P1−P0)/P0} となります。

上の例で、P0=100、P1=200、X0=1000、X1=800とすれば、点E0での需要の価格弾力性は

{(800−1000)/1000}/{(200−100)/100}=−0.2 となります。

さて、この「−0.2」という値にはどういう意味があるでしょうか?この場合、価格は100から200に上昇して2倍になっているのに対して、需要量の減少は20%ですね。価格上昇が2倍、すなわち100%の価格上昇で20%の需要量減少ですから、価格上昇が1%であれば、需要量は0.2%減少することになります。これがすなわち、点E0での需要の価格弾力性が−0.2であることの意味です。需要の価格弾力性が絶対値で見て大きいほど、「需要の価格弾力性は大きい」といいます。

需要の価格弾力性が小さいということは、価格の変化に対する需要量の変化が少ないことを意味しているので、供給量の減少に対して、価格は大きく上昇しますが、需要量はそれほど大きく減少しません。需要の価格弾力性が小さい財の例としては、石油などが挙げられます。カルテルの例でお話ししましたが、カルテルによって供給が制限されると、その価格は大幅に上昇します。しかし、カルテル破りなどによって供給量が増加すると、今度はその価格が大幅に下落します。こうした石油価格の乱高下が発生するのは、その需要の価格弾力性が小さいからといえます。

では、石油の需要の価格弾力性はなぜ小さいのでしょう?今、石油の価格がP0からP1に大きく上昇したとします。すると、石油に代わって石炭や天然ガスなどに対する需要が増加するでしょう。ところが、石油の価格が上昇しても、石油を石炭や天然ガスなどで代替することは、短期間ではきわめて困難だと考えられます。たとえば、石油火力発電を石炭火力発電や原子力発電で代替するためには、それらの発電所を建設しなければならず、長い時間がかかります。このように、石油の価格が上昇しても、他の財で代替することが困難であるために、価格P0における石油の価格弾力性は小さくなるのです。逆に、石油の価格が下がったからといって、ただちに石炭火力発電所や原子力発電所を閉鎖して、石油火力発電所を建設して、石炭や原子力を石油で代替することも困難です。したがって、石油需要はその価格が低下するときも弾力性が小さいことになります。石油の供給が増加すると、石油価格が大きく低下するのは、このためです。

他方、価格弾力性が大きい財は、その財の価格が変化するときに、比較的容易に代替できる財が存在することになります。需要の価格弾力性の絶対値が1を超えるとき、「需要は価格弾力的である」といいます。逆に1よりも小さいと、「需要は価格非弾力的である」といいます。

…さて、カンのいい人ならもう気付いていると思うのですが、「需要の」価格弾力性があるのなら、当然「供給の」価格弾力性というものも存在します。そして、需要の価格弾力性の定義式を見ればうすうす理解できると思いますが、供給の価格弾力性は以下の式で計算できます。すなわち、

供給の価格弾力性=(供給の変化率)/(価格の変化率) です。

ある財が上級財であるとして、いま消費者の所得が増加したとすると、この財の需要曲線は右にシフトします。この結果、供給曲線が変化しなければ、新たな均衡点はもとの均衡点よりも右方に移動するはずです。この場合、需要量が増加するとともにその価格も上昇するので、基本的に供給の価格弾力性は正の値を取ります。そして、これも需要の価格弾力性と同じく、供給の価格弾力性が1よりも大きいと「供給は価格弾力的である」といい、1よりも小さいと「供給は価格非弾力的である」といいます。以上より、供給の価格弾力性が大きい財は、需要が増加しても価格はあまり上昇せず、供給の価格弾力性が小さい財は、需要が増加すると価格は大きく上昇します。

それでは、供給の価格弾力性の大きさを決める要因は何でしょうか?それは、当該の財の価格が上昇するときに、どれだけ速やかに費用の増加を伴うことなく供給量を増やすことができるかを決定する、生産技術です。たとえば、農作物は作付けから収穫までに比較的長い時間がかかります。したがって、価格が上昇したからといってただちに作付けを増やして収穫するというわけにはいきません。そのため、農作物は供給の価格弾力性が比較的小さくなります。石油も、油田の操業率が低くない限りは、石油価格が上昇したからといって、ただちに採掘油田を増やして供給量を増やすというわけにはいきません。このような、供給の価格弾力性が小さい財は、需要が変動すると価格が大きく変動するという性質があります。他方、機械化が進んだ工業製品の多くは、価格の変化に対して費用の大きな変動を伴うことなく、比較的スムーズに生産が調整されます。したがって、工業製品の多くはその供給の価格弾力性が、農作物や石油などに比べて大きくなり、需要の変動に対してその価格の変動は比較的小さくなります。

農作物や鉱物資源、石油などは先物市場が発達していて、その規模は国際的です。それは、これらの財は需要の価格弾力性も供給の価格弾力性もともに小さく、需要あるいは供給の変化に対して、その価格が大きく変化するために、価格変動に伴うリスクが大きいからです。先物市場の機能の1つは、このようなリスクを回避するという点にあるのです。

次回から、本説に戻ります。とりあえずお題は…来週までに考えときます(死

※先物市場…「先物取引」を行うための市場を、先物市場といいます。それでは、「先物取引」とは?…ですが、これは将来の特定の日に、「何を」「どれだけ」「いくらで」売買するかという契約を現在結んでおいて、特定の日以前に反対売買をするか、特定の日に契約を履行するかのいずれかによって決済する取引を指します。いずれ、本説でも取り扱いたいテーマではありますが、よほど知識がない限りは、実際の先物取引には手を出さないほうがいいと思います(笑)。

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