第33回:補説XI〜貯蓄と投資A〜 2003年6月28日(土)

さて、前回の知識の泉では貯蓄の決定について書きましたが、今回は投資の決定について書いてみようと思います。企業が機械や建物などの実物資本を購入することを、投資といいます。みなさん、投資というと株式などの金融資産を購入することをイメージするかと思いますが、今回は実物資本への投資の決定を考えようと思います。

上の図は、ある企業の今年の投資と、来年の所得との関係を示したものです。たとえば、今年I0だけ機械を購入して工場に備え付けて、それを来年1年間稼動させると、来年y0だけの所得が得られます。曲線OTは、「投資機会曲線」と呼ばれます。またこの図では、投資は来年所得を生むと減耗し尽くしてしまい、以後、所得は生まないと仮定されています。

ここで、企業は機械の購入代金I0を利子率i0の借り入れ金で調達して、来年の終わりに返済するとしましょう。来年の返済総額は、利子を含めて(1+i0)I0になりますね。I0の投資は、来年はy0の所得を生みますから、企業はこのy0の中から(1+i0)I0を返済します。したがって、借り入れ金返済後の純所得は、y0−(1+i0)I0になります。この純所得は、上の図の線分ABで表されます。

企業にとって最も有利な投資とは、純所得が最大になるような投資です。各々の投資水準から得られる純所得は、曲線OTと直線OBEとの差に一致します。ただし、直線OBEの傾きは(1+i0)で、各々の投資水準について、投資額と来年の返済額を表す直線です。さて、曲線OTと直線OBEとの差が最大になるのは、直線OBEに平行な直線と、投資機会曲線OTとが接する点Aになります。

ここで、投資機会曲線OTの各点の傾きについて考えましょう。上の図で投資がI0のとき、さらに投資をΔIだけ増やしてI2にしたとしましょう。これによって、来年の所得はΔyだけ増加して、点Aから点Gへ移動します。点Aから点Gの間の投資の限界収益率を、以下のように定義します。

点Aと点Gの間の投資の限界収益率=(Δy−ΔI)/ΔI=(Δy/ΔI)−1

上式の分母ΔIは投資の増加額を示し、分子の(Δy−ΔI)は所得の増加額から投資の増加額を差し引いたもので、投資の増加から得られる純利益を表しています。ここで、ΔIを限りなくゼロに近づけていくと、点Gは限りなく点Aに近づいて、直線AGの傾き(Δy/ΔI)は点Aでの曲線OTの接線の傾きに限りなく近づきます。そこで、上式の(Δy/ΔI)を点Aでの接線の傾き(dy/dI)に置き換えて、それから1を差し引いたものを点Aでの投資の限界収益率と定義します。すなわち、

点Aでの投資の限界収益率={(dy/dI)|I0}−1 です。

投資機会曲線OTでは、曲線OTの接線の傾きは、投資が増えるにつれて小さくなるように描かれています。したがって、この場合には投資の限界収益率は、投資が増えるにつれて低下します。以下、投資の限界収益率をmで表すと、曲線OTの傾きは

dy/dI={(dy/dI)−1}+1=m+1 となります。

上の図で最適な投資I0のとき、傾き(1+i0)の直線FAは、点Aで曲線OTに接しています。したがって、曲線OTの点Aでの傾きは(1+i0)に等しくなります。このことから、点Aでは

dy/dI=m+1=1+i0 が成立していることになります。

上の式から「m=i0」が容易に分かりますね。つまり、最適な投資とは、投資の限界収益率mが、利子率iに一致するときの投資なのです。このことは、以下のことからも分かります…利子率i0で資金を借り入れて、dIだけ投資すると、mの定義から所得は

dy=(1+m)・dI だけ増えます。

したがって、借り入れ金返済後の純所得の増加は{(1+m)−(1+i0)}dI、すなわち(m−i0)dIになるので、mがi0を上回る限り、投資を増やすことが有利になるのです。

上の図は、曲線OTから導いた投資の限界収益率mと投資Iの関係を示したもので、「投資の限界効率表」といわれます。上の図から、利子率がi0であれば最適投資はI0になり、利子率がi1に低下すれば最適投資はI1に増加することが分かります。すなわち、利子率が低下すればするほど、最適な投資は増加します。そこで、上の図の縦軸に利子率を取れば、曲線Iは利子率と投資の関係を示す曲線と解釈できるので、曲線Iは「投資需要曲線」とも呼ばれます。

さてさて、2回にわたって「貯蓄と投資」の決定について書いてきましたが、それでは本題である「固定費用は誰の所得になるのか?」という話に戻りましょう。今まで話してきた「貯蓄」と「投資」を、資金の「需要」面と「供給」面から見てみることにすると、たとえば個人が貯蓄を定期預金で運用しているとします。この場合、資金(貨幣)が個人から銀行に預けられて、銀行は資金の預り証として個人に預金証書を発行します。銀行は、この資金を起業に貸し出して、企業は銀行に借入証書を差し入れます。企業はこの銀行借入金を用いて資本財を購入します。すなわち、貯蓄は投資を可能にする資金なのです。つまり、「投資」という需要に対して、「貯蓄」という形で間接的に供給されているわけです。

もう1つの例として、企業が債券や株式を発行して、個人の貯蓄を利用するというパターンを考えます。債券とは、第1回の国債の話でもおなじみですが、資金を借り入れている期間、毎期ある利子の支払いを約束し、一定期間がきたら元金を返済することを約束する証書です。株式とは、企業が資金を調達するために発行し、株式の保有者(株主といいます)に対して、発行している株式の総数に対する持ち株の比率に応じて会社の所有権を与えたり、企業の事業活動によって生じた利益の一部を配当したりする制度ですね。企業が発行した債券や株式を個人などに売却するのは証券会社です。個人が貯蓄を債券や株式で運用するときには、資金は証券会社を通じて企業に渡り、企業はその資金で投資します。

以上のとおり、貯蓄は企業や個人が投資するための資金として利用されるわけです。したがって、貯蓄する者は資金の供給者であり、投資する者は資金の需要者です。なお、個人企業の場合は、銀行借入などの負債のほかに、個人企業の経営者が貯蓄した資金(つまり自己資本)がそのまま個人企業の投資のための資金として使用されます。

いま述べたことから、今回の問題となっている「固定的生産要素の所有者」とは、最終的には「実物資本の投資のために資金を供給している貯蓄主体」であることがわかります。したがって、過去に投資されて生産に投入されている既存の資本の賃貸価格という報酬は、過去に貯蓄された資金の残高(預金・債券・株式・生命保険などの残高)の保有者に対する報酬なのです。

今回で一応、貯蓄と投資のお話は終了です。でも、次回も補説コーナー続きますぅ〜〜。

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