第32回:補説]〜貯蓄と投資@〜 2003年6月14日(土)

第28回の知識の泉で、「固定費用とは、誰の所得になるのか?」ということに軽く触れたと思います。その時に詳しい説明をしなかったので、今回はこの問題についてお話しすることにしようと思います。まずはこの問題を考える上での導入の意味で、貯蓄と投資について説明します。

第7回の知識の泉で、予算制約線について書いたと思いますが、以下では個々の財・サービスに対する消費需要については考えず、それらを一括して消費として考えて、貯蓄と投資がどのようにして決定されるかを考えます。

いま、ある個人を考え、彼の今年の給与所得はy1で、来年の給与所得はy2であることがわかっているとします。下付きの添え字1は今年を、添え字2は来年を表していますが、以下の記号についても同様です。この今年と来年の所得のくみ合わせ(y1、y2)は、上の図で点Gで示されます。この個人は、今年y1、来年y2をそれぞれそのまま全て消費することもできます。その場合の消費のくみ合わせは点Gで示されます。それに対して、次のように2期間の消費パターンを変えることもできます。いま、1年間の利子率がi0である定期預金が存在するとしましょう。この個人は、今年の所得y1のうちC1(0)を消費して、残りを全て定期預金にするとします。y1のうち、消費されなかった金額を貯蓄といいます。貯蓄を一時的にSで示し、上の場合の貯蓄額をS0で表すと、

S0=y1−C1(0) と表せます。

定期預金として銀行に預けられた貯蓄S0は、来年には利子を生んで(1+i0)S0になります。ここでは期間として来年までしか考慮していないので、この個人は、来年は来年の所得y2に加えて、定期預金を解約して得た(1+i0)S0も全て消費してしまうとします。したがって、来年の消費はy2+(1+i0)S0になりますから、今年と来年の消費のくみ合わせは上の図で点Eで示されます。今年の消費はC1(0)、来年の消費はC2(0)です。上の図では、y1−C1(0)=S0であり、C2(0)−y2=(1+i0)S0ですから、点Gと点Eを結んだ直線の傾きは

−(1+i0)S0/S0=−(1+i0)になります。

点Gから貯蓄を増やして、それを定期預金にしていくと、今年と来年の消費パターンは直線AGに沿って点Aの方向に向かって変化していきます。もしも今年の所得全てを貯蓄し、その貯蓄を定期預金で運用すれば、今年と来年の消費パターンは点Aになります。

さて、この個人は定期預金の利子率と同じ利率で銀行から借り入れることもできるとしましょう。借り入れ一般をD(Debt:負債)で示します。いま、この個人は今年の初めに、利子率i0でD0だけ借り入れ、それを今年の消費に充てるとします。このとき、今年の消費C1(1)は、今年の所得からの消費y1と借り入れD0の合計になります。このように借り入れて消費するときの借り入れを、負の貯蓄といいます。この個人は来年には、借り入れ額D0に借り入れ利子i0D0を加えた、(1+i0)D0を返済しなければなりません。したがって、来年の消費をC2(1)とすると、それはy2−(1+i0)D0になります。このような消費のくみ合わせは点Fで示されます。いま述べたことからわかるように、資金を借り入れて、今年の所得y1以上の金額を消費するときには、消費パターンは点Gから直線GBに沿って点Bの方向に向かって変化します。このように、直線ABは今年の所得がy1で、来年の所得がy2である個人にとって選択可能な、2期間の消費の組み合わせを示しています。そこで、このABを「2期間の予算制約線」と呼びます。

この予算制約線を数式で示すと…所得の組み合わせが(y1、y2)である個人の今年の消費をC1、来年の所得をC2とすると、C2

C2=y2+(1+i0)(y1−C1) と表すことができます。

上の式が、予算制約線を示す方程式になります。さらにこれを変形すると

C1+{C2/(1+i0)}=y1+{y2/(1+i0)} と書けます。

上のC2/(1+i0)と、y2/(1+i0)を、それぞれ来年の消費C2と来年の所得y2の現在価値といいます。

それでは、予算制約線AB上のどの点が、この個人にとって最も望ましい消費パターンでしょうか?これを考えるために、無差別曲線の考え方を導入しましょう。

上図の曲線U0上の消費のくみ合わせは、この個人にとって同じ効用水準をもたらすという意味で、曲線U0は今年と来年の消費に関する無差別曲線です。今年の消費も来年の消費もグッズであると考えられるので、無差別曲線U0は右下がりになります。同様に、曲線U1も今年の消費と来年の消費とに関する無差別曲線です。この個人の効用が最大になる消費のくみ合わせは、無差別曲線U1と予算制約線ABが接する点E0に対応する、C1とC2です。この個人の今年の所得はy1でしたから、今年の貯蓄S0は(y1−C1)になります。

それでは次に、定期預金の借り入れ利子率がi0からi1に上昇すると、貯蓄がどのように変化するかを考えてみましょう。今年と来年の所得の組み合わせを示す点Gから出発して、貯蓄すると来年になって受け取ることができる元利合計は、利子率が上昇しているから以前よりも多くなります。したがって、この場合には来年消費できる金額は増加します。そのため、利子率が上昇すると、貯蓄をするときの予算制約線は、ABよりも上方にシフトします。しかし、点Gから借り入れて今年の消費を増やそうとする場合には、借り入れ利子率は上昇しているから、来年の返済額は増加します。したがって、借り入れ利子率が上昇すると、借り入れる場合の予算制約線は予算制約線ABよりも下方にシフトします。

利子率の上昇は、貯蓄が正であれば利子所得の増加をもたらし、貯蓄が負であれば借り入れ利子の支払いの増加をもたらします。したがって、貯蓄がゼロでない限り、利子率が上昇すると個人の来年の所得は変化します。利子率の変化による予算制約線のシフトの結果、消費の組み合わせが変化する現象を、代替効果と所得効果とに分けて考えると、まず利子率上昇の代替効果によって、今年の消費は減少して、来年の消費が増加します。このことはすなわち、今年の貯蓄を増加させる要因となります。次に、利子率上昇の所得効果によって、今年の消費も来年の消費も個人にとって上級財であれば、今年の消費も来年の消費もともに増加します。これはすなわち、今年の貯蓄を減少させる要因となります。以上のことから、今年の消費については、代替効果と所得効果は逆方向に働くことがわかります。代替効果の方が所得効果よりも大きければ、利子率が上昇すると今年の消費は減少して、貯蓄は増加します。しかし、逆に所得効果の方が大きければ、利子率が上昇すると今年の消費は増加して、今年の貯蓄は減少することになります。

次回は、投資について書きます。

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