第23回:補説Z〜情報の非対称性〜 2003年4月12日(土)

第17・18回目の知識の泉で、保険に関するお話を扱ったとき、「情報の非対称性」という言葉が出てきましたね。これは、財やサービスの供給側と需要側とで、取引される財やサービスに関しての情報に差があることを言います。このような不確実性は、各経済主体間の情報交換が円滑に取引されるようになれば、除去できるものです。こういったタイプの不確実性を、「通信的不確実性」といいます。

通信的不確実性のほかに、関係者がどんなに協力し合っても、まったく制御できない不確実性というのも存在します。こういったタイプの不確実性は、「環境的不確実性」といいます。たとえば、今年の夏が冷夏になるか、来年の冬が暖冬になるかといったことを正確に予測することはできませんよね。冷暖房器具のような季節商品の売上は、営業マンの努力にも依存しますが、天候の状態にも依存します。冷暖房器具の売上が伸びない場合、その原因が営業マンの販売努力が足りないせいなのかどうかについて、上司が十分な情報を持ち得ない場合には、ここに通信的不確実性が存在するし、今年の夏は冷夏だから冷房の売れ行きが悪いとなれば、これは環境的不確実性が存在するということになるわけです。どのような不確実性が存在するにしても、この種の問題がうまく処理されなければ市場取引そのものが消滅してしまう可能性もありえます。

さて、通信的不確実性を分析している例に、「J.アカロフの中古車市場分析」というのがあります。中古車の取引においては、売り手(中古車の所有者)はその性能をよく知っているが、買い手はよくわからないという情報の非対称性が存在します。以下では、このアカロフのモデルによって、情報の非対称性の存在がどのような問題を引き起こすかについて説明したいと思います。

アメリカでは、後になって欠陥であることがわかるような人やモノのことを、俗に「レモン」というので、買った後でポンコツだとわかるような中古車をレモンと呼びます。他方、賞賛に値するような人やモノのことを俗に「ピーチ」というので、品質のよい中古車をピーチと呼ぶことにします。今、中古車市場には2種類の車、ピーチとレモンが存在し、中古車の存在量は一定で、ピーチとレモンの割合が1:2の比率だと仮定します。この割合については買い手も知っていて、中古車の潜在的な買い手は無限に存在するとします。

供給価格 需要価格
ピーチ 42万円 60万円
レモン 6万円 9万円

上の表のとおり、ピーチである車は売り手にとって最低限42万円の価値があるとします。この売り手にとっての最低限の価値を、「供給価格」といいます。それに対して、ピーチは買い手にとっては最大限60万円の価値があるとします。この買い手にとっての最大限の価値を「需要価格」といいます。同様に、レモンの供給価格は6万円であるのに対して、その需要価格は9万円です。

さて、売り手は自分が売りに出す中古車がレモンであるかピーチであるかを知っています。しかし、レモンの持ち主は決して「私の車はレモンです」とは言わず、むしろ「私の車はピーチです」と、嘘をついて売ろうとします。つまり、売り手は相手の無知につけこんで情報を操作するわけです。他方、買い手は中古車がピーチであるかレモンであるかを見分けることはできませんが、ピーチとレモンの供給価格と、中古車のうちピーチが1/3で、レモンが2/3を占めていることは知っています。

以上のような前提のもとでは、もしも中古車の市場価格が6万円未満であれば、ピーチの持ち主もレモンの持ち主も中古車市場で車を売ろうとはしません。なぜなら、市場価格が6万円未満であれば、それはレモンの供給価格を下回っているので、レモンの持ち主もピーチの持ち主と同じように、自分で乗り続けようと考えるからです。価格が6万円以上になると、レモンが市場に出回るようになります。しかし、42万円未満である限り、ピーチの持ち主は車を売ろうとはしません。買い手はレモンとピーチの供給価格は知っているので、価格が6万円〜42万円であれば、市場に供給される中古車は全てレモンだろうと考えます。

買い手は、価格が仮に42万円以上になると、レモン2台に対してピーチ1台の割合で中古車が売りに出されることを知っています。ここで、買い手は危険中立者だと仮定します。危険中立者は、価格や所得の期待値を基準にして行動するので、市場価格が42万円以上になったとき、買い手はレモンを2/3の確率でつかまされ、ピーチに1/3の確率で当たると考えます。したがって、このときの危険中立者である買い手の需要価格は、

P=(1/3)×60+(2/3)×9=26 万円ということになります。

つまり、買い手はピーチであるとわかれば最大限60万円の価値があると評価するにもかかわらず、レモンかピーチかを見分けることができないために、最大限、ピーチとレモンの平均的な価格である26万円でなければ買おうとはしないわけです。それに対して、ピーチの持ち主は最低限42万円で売れなければピーチを売ろうとはしません。よって、結局のところ、ピーチが市場に出回ることはありません。

他方、供給価格6万円であるレモンについては、需要価格9万円の需要者が無限に存在すると仮定しているので、中古車市場の均衡価格は9万円に決定します。なぜなら、9万円未満であればレモンに対する超過需要が発生して、買い手間の競争を通じて価格が上昇するからです。

買い手が以上のような購入行動を取るのは、レモンかピーチかを見分けるための情報収集費用があまりにも高すぎるために、費用をかけて情報を収集するよりも、市場に出回るピーチとレモンの比率を予想して、平均的な価格で購入するほうが有利だからです。このようにして、中古車市場から良品質の中古車は消滅します(「レモンはピーチを市場から駆逐する」)。これを、「レモンの原理」といいます。

さて、このような問題を克服する手段として、どのようなものがあるでしょうか。まず第1に、販売する財に、保証書をつける方法が挙げられます。製品が壊れやすい(つまり、レモンである)ために、無料修理サービスを提供してしまうとあまりに費用が高くついてしまうといった場合、売り手は保証付きでは販売できません。しかし、他方で密接な代替財が保証付きで売られているのだから、消費者は保証付きでない製品は、きっと故障が多いから保証できないのだろうと考えて、保証付きでない製品は買おうとはしません。この結果、「ピーチがレモンを駆逐する」ことになります。

また、ブランドネームをつけて販売するというのも、「どのような品質の製品であるか」を示すだけでなく、消費者が気に入らなかった場合には、そのブランドの製品を2度と購入しないという選択を消費者に可能にさせるので、有効な制度です。なぜなら、ブランドネームのついた製品であれば、消費者はどの企業の製品であるかを見分けることができるからです。

情報の不確実性を克服する第3の方法は、許認可があります。例えば、詐欺まがいの、倒産の確率の高い銀行や証券会社、すなわちレモンでも営業が可能であるとしたら、預金者や投資家はどれがピーチでどれがレモンかを見分けることができなくなり、その結果レモンの原理が働いてレモンの銀行・証券会社だけが市場に残ったり、銀行・証券業そのものが存在し得なくなります。また、鉄道や航空などの運輸業の場合には、サービスが安全かつ確実であることが重要であり、自由な参入を認めるとレモンの原理が働く可能性があります。そこで、これらの産業については、政府が一定の条件のもとに営業を許認可すると共に、その営業状態を監視しています。簿記や英検、その他の特殊技能に関する資格制度も、これと同様の機能を果たしていると言えます。さらに、高校卒や大学卒といった学歴もまた、雇用者に対して新卒労働者の能力を判断するうえで重要な情報を供給しており、雇用における情報の非対称性を克服するという機能を発揮しています。以上のような資格・免許の取得によって、労働サービスの供給者は将来の雇用者に自己の能力を判断するためのシグナルを発信しているわけです。このようなシグナルが持つ効果を、「シグナリング効果」といいます。

そして、第4の方法として、情報提供機関や仲介業の存在があります。第1回の知識の泉で触れたように、アメリカや日本では、企業が債券で資金を調達しようとするときには、債券格付け機関によって、発行しようとしている債券の信用度を格付けしてもらいます。債券格付け機関は、最高に信用度が高い債券をAAAと格付けし、以下信用度が落ちるに従い、AA、A、BBB、BB、…と格付けしていきます。また、日本では、中古車取引は中古車ディーラーを通すのが普通です。ディーラーは専門家ですから、中古車の性能を見分けることができます。よって、消費者はディーラーを通すことによって、不当な価格でレモンをつかまされる心配がなくなるわけです。さらに言うと、ディーラーは短期的な利潤の獲得を目指すものではなく、継続的に当該地域で中古車販売に従事しようとします。なので、中古車の売り手をだましてピーチを安く買い叩いたり、逆に買い手をだましてレモンを高く売りつけて利益を上げようとはしないでしょう。なぜなら、そういった悪徳な商法で利益を上げようとすれば、ディーラーとしての「評判」が落ちて、以後その地域でディーラーとして営業し続けていけなくなるからです。

仲介業という意味で、銀行の存在も上と同じ理由によります。最終的な貸し手である預金者には、最終的な借り手がレモンなのかピーチなのかよくわかりません。そこで、銀行が両者の間に入って、最終的な借り手がレモンなのかピーチなのかを審査し、ピーチに貸すように努めることによって、預金の安全性を確保しようとするのです。もしも銀行が存在しなければ、一方に貯蓄供給が存在し、他方に投資需要が存在していても、両者をうまくつなぐことは困難になり、投資には限界が生じるでしょう。そうなれば、経済が成長・発展することもまた困難になります。

一般に、卸・小売業や、銀行に代表される金融機関などの仲介業は、取引費用を軽減するだけではなく、品質に関する情報の非対称性に伴う問題を克服することによっても、市場の取引費用を軽減する機能を果たしています。これらの仲介業がこの後者の機能を発揮する上で重要な役割を果たすのは、中古車ディーラーと同じく、その「評判」なのです。

次回の補説では、総需要曲線に関して書いていきます♪

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