第14回:補説X〜市場への参入〜 2003年1月26日(日)

今までの知識の泉の中で、さまざまな市場形態について触れてきました。まずは完全競争市場、続いて独占市場、さらに寡占市場の3通りに分かれます。これらの分類基準は、それぞれの市場に属する企業が、価格に対して支配力を有するかどうかと、市場に存在できる企業の数です。完全競争市場とは、市場に属する企業が価格支配力を持っておらず、市場に多数の企業が存在できるのに対し、独占市場や寡占市場に属する企業は、価格支配力を持っています。独占企業と寡占企業の違いは、名が表しているとおり市場に1企業しか属せない形態(独占)か、少数だが複数の企業が属している(寡占)かです。価格支配力とは何かと言いますと、企業が供給する財の数量を操作することによって、市場価格に影響を与える力のことです。価格支配力がないということは、企業が生産量を変化しても市場の価格に何ら影響を及ぼさないことを意味し、価格支配力を持つということは、企業が生産量を抑えれば市場価格は需給の関係によって上昇し、生産量を増やせば市場価格は逆に低下するという形で、市場価格を変動させることができるというわけです。企業が価格支配力を持つとき、その企業が自社の利潤最大化を求める結果、完全競争市場である場合よりも市場への供給量は減少し、その分価格が上昇して企業はより多くの利益を得ることができます。このような利益を独占利潤とも言います。

さて、ある市場に企業が参入することを考えてみましょう。どうして企業が市場に参入するかは、単純に参入から利益が得られるからです。これはすなわち、寡占市場(独占市場は定義上1企業しか存在できない形態なので、新規企業の参入はありえません)に属する企業が得ている独占利潤を得るためにほかなりません。寡占企業への新規企業の参入プロセスを見てみる前に、新たな概念を導入しましょう。それは、「消費者余剰」と呼ばれるものです。消費者余剰とは、消費者が財を購入することによって得られる純利益を表します。

たとえば、ある人が映画館で映画を見るときのことを考えます。この人は、もし映画館の入館料金が1500円だったとしたら、年に1回だけ映画館に行きます。同様にもし1000円であれば、年に2回映画館に行き、500円だとしたら年に3回映画館に行くとしましょう。実際の映画館の入館料金が500円だとすると、実際にこの人は映画館へ3回行くわけですが、この人の基準である1500円・1000円・500円というのは、それぞれ1回・2回・3回目の映画館入場に対する限界的な評価です。つまり、年に1回映画館へ行くなら1500円払ってもいいと考え、次に映画館に行くときはもう1000円まで払っていいだろうと考え、3回目になると500円までは払っていいという考え方です。こう考えると、この人が3回映画館にいくために払っていいと考える金額の合計は3000円(1500+1000+500=3000円)ですが、実際は1回の映画館の入館料金は500円なのですから、支出金額は1500円(500×3=1500円)です。この差額(つまり、3000円−1500円=1500円)は、この人が映画を見ることによって得られる純利益です。これを消費者余剰と定義します。

以上を踏まえて、寡占市場への新規参入の発生を改めて分析しましょう。参入発生前の市場供給量をQE、参入発生後の市場供給量をQNとすると、QE<QNが成立するのは容易に判断できますね。寡占市場では供給量が増加すれば価格は需要曲線にしたがって低下するので、価格は低下します。これにより、消費者余剰は増加します。具体的には、上の図でAの領域とBの領域の合計面積分が、消費者余剰の増分です。さらに、新規参入が発生すれば市場供給量が増加することから、もともと市場に属していた企業(これを既存企業といいます)の利潤は市場価格の低下に伴って減少します。具体的には、上の図でAの領域とGの領域の合計面積分が、既存企業の利益減分です。Aがすなわち価格低下の影響で、Gは顧客(つまり消費者)が新規参入企業に一部奪われてしまうことにより発生する利益の減少です。これに対して、新規参入企業の利潤はもし市場への参入に固定費用がかからないとすれば、既存企業から奪った顧客へ財を供給することによる利益と、従来供給されていなかった顧客(つまり、新規に開拓して得た消費者)に供給することによる利益の合計です(上の図では具体的に、前者が領域G、後者がHです)。参入の経済効果は、以上の和となるので、

A+B−(A+G)+(G+H)=B+H です。

このB+Hは、新規参入によって供給量が拡大したことによる経済効果であり、供給拡大効果といわれます。上式では省略されている(A−A)と(G−G)ですが、前者は価格低下によって生産者余剰が消費者余剰に置き換わる効果、後者は、同じ顧客に対して新規企業が供給した場合に、既存企業と比べて節約できるコストを表します(これを生産費用効果といいます)。この例では既存企業と新規参入企業の限界費用は等しいという仮定であるため、生産費用効果は0です。

さて、参入後の市場価格をPNとすると、Hは

H=(PN−C)×(QN−QE)=ΔQ(PN−C) で表せます。

また、参入によって得られる利益は、新規参入企業の供給量をqとすれば

π=q×(PN−C) です。

以上より、参入の経済効果は

ΔW=B+H=B+ΔQ(PN−C)=B+q(PN−C)+(ΔQ−q)(PN−C)
   =B+π+(ΔQ−q)(PN−C) となります。

もし、参入による価格の低下が参入後の価格と限界費用の差と比べて小さければ、上の式においてBの値は大変小さいものになるので無視できます。他方、新規参入企業の顧客の一部は既存企業から移ってきたものですから、ΔQ<qが成立します。よって(ΔQ−q)(PN−C)<0が成立するので、ΔW<πが成立します。つまり、新規参入による経済効果(ΔW)以上のものを、新規参入から得られる(π)わけですね。これが、新規企業が参入しようとするインセンティブになります。

さて、価格が限界費用に等しくなるとPN=Cとなるため、ΔW=B+πとなります。ここでBは上で説明したとおり無視できる範囲なので、ΔW≒πです。よって、もし新規参入に固定費用fが必要だとすると、参入によって得られる利益はπ=q×(PN−C)−fとなりますから、新規参入からの利益が新規参入にかかる固定費用を上回ると、その経済効果は負になってしまいます。このような状態を、過剰参入が進んだ状態といいます。

なぜ過剰参入が発生するのでしょう?その原因は、新規参入企業が既存企業から顧客を奪う点にあります。新規参入企業が参入する際に既存企業から顧客を奪うことで、経済全体からすると重複して固定費用を負担するため、無駄が生じるわけです。よって、固定費用が存在しない市場では過剰参入は発生しません。また、もし固定費用が存在する産業であっても、新規参入企業がすべての顧客を新規に開拓し、既存企業から顧客を奪わないで参入するのならば、やはり過剰参入は発生しません。ただし、新規参入による価格の低下が現状価格と限界費用のギャップと比較して大きい場合には、上のBの値は無視できなくなるので、新規参入へのインセンティブが弱まり(←πとΔWとの差が小さくなるため)、過少参入に陥る可能性もあります。

以上より、基本的に新規参入によって生じる利益がほぼ0に等しくなる水準まで、新規参入が進むことがわかります。ただ、固定費用などの規模の経済が重要である産業においては、過剰参入となり得るため新規参入は諸刃の剣という面があります。このような産業では、もし企業の市場支配力を効率的に抑制できるのならば、本来1つの企業が独占することが効率的だからです。政府の価格規制によって市場支配力を抑制している独占市場の形態を、自然独占といいます。自然独占では、通常次のような規制が課せられています。

 @参入規制:規模の利益を発揮するため
 A価格規制:価格を企業の平均費用の水準に抑制し、市場支配力を抑えるため
 B供給義務:平均費用に等しい価格で発生する顧客の需要をすべて満たす義務を課し、
         供給拡大への誘因を与えるため

これらの規制を組合わせることによって、自然独占企業は企業の平均費用曲線と市場需要曲線が交わる価格と供給量で生産することになります。この均衡は、以前の知識の泉でも触れたとおり、政府が補助金を供与せず、かつ企業が均一料金しか設定できないという制約のもとでは最適のものとなります。ただし企業が二部料金制を採用できるならば、変動料金を限界費用に設定し、基本料金を別途で徴収することによって、さらに有効な資源配分を行うことができます。

今回はかなり難しかったっすねぇ…汗。。次回は、規模の経済について書こうと思ってます。

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