第7回:補説V〜無差別曲線と予算制約〜 2002年10月12日(土)

第2回目の記事の最後にて、予算制約線と所得効果という言葉を使いました。まず、予算制約線とは何なのか?というと、字面通りに捉えていただいてまったく問題なくて、ある経済主体が財を消費する際の、所得上の制約をグラフで表したものです。もっとも簡単な例として、ある財Xの価格がP円であり、ある個人の所得がI円だったとすると、この人が財Xを消費する場合、(I/P)単位まで消費できます。これは、(所得額)÷(財1単位の物価)から、容易に導き出せますね。一般的に、予算制約線を用いた経済分析では、2つの財X・Yについて考えます。財Xの価格をPX円、財Yの価格をPY円とすれば、I・PX・PYには、以下のような関係があります。

I=PX・x+PY・y (ここで、x・yは、それぞれ財X・Yの消費量を示します)

上の関係式を、yについて解くと、

y=(-PX/PY)x+(I/PY

横軸に財Xの消費量、縦軸に財Yの消費量をとった場合、上式で示されるグラフが予算制約線となります。このとき、この個人はX軸・Y軸・予算制約線の3直線で囲まれる領域内の点(x、y)という消費の組み合わせを選択することができるわけです。逆に、この領域の範囲外の点の消費の組み合わせを選択すると、予算上の制約をオーバーしてしまうので、選択できないわけです。

では、この個人は、予算制約内でどのような消費の選択をするでしょうか。このことを考えるために、新たな概念を導入しましょう。それは、「効用」という考え方です。たとえばもし、財Xを消費することに何の利益もないのならば、わざわざ所得を財Xの消費に回すことはありません。つまり、ある個人が財を消費するのは、その消費から何らかの利益(これを効用と呼びます)が得られるからなのです。基本的に財は消費すれば効用が高まるのですが(このような財をグッズといいます)、中には消費することで効用が下がる場合もあります(このような財をバッズといいます)。バッズの例としては、お酒が飲めない人にとって、お酒を飲むという行為は苦痛でしょう。しかし、会社の付き合いなどで仕方なく飲みに行き、自分の所得から飲み代を支払うとき、「お酒」はバッズになります。ただし、この例はお酒を飲むのが好きな人にとっては当てはまりませんね。つまり、どの財がグッズであってどの財がバッズなのかは、各個人の選好によって異なり、具体的な定義づけはできません。

今、ある個人が財Xと財Yを消費するとします。この個人にとって、財X・Yともにグッズであるとき、予算制約内で最大限の効用を得るためにどの消費の組み合わせを選ぶかを考えましょう。ある消費の組み合わせ(x1、y1)を選択したとき、この個人が得られる効用をU1で示すことにします。彼にとって、財X・Yともグッズですから、どちらの消費量を今より増やしても、得られる効用はU1より大きいものになります。そこで、一定の効用U1を得られるような財X・Yの組み合わせをグラフに表してみましょう。財Xの消費量が増えたとき、財Yの消費量が変化しなければ効用は大きくなるので、効用を一定に保つためには、財Yの消費量を減少させなければなりませんね。逆に、財Xの消費量が減ったとき、効用を一定に保つには財Yの消費量を増加させなければなりません。このことから、一定の効用を示す消費量の組み合わせを表すグラフは、右下がりの曲線になると考えられます。この曲線を、無差別曲線といいます。以上の定義より、ある無差別曲線上のすべての消費の組み合わせからは、一定の効用が得られることになります。

それでは、無差別曲線の特徴を説明しましょう。大まかに言って、以下の2つの特徴があります。

@異なる2本の無差別曲線は交わらない
A原点から遠い無差別曲線上の消費の組み合わせほど、より高い効用を得られる

まず@の特徴ですが、異なる無差別曲線上の点は異なる効用を示すので、絶対に交わらないことは容易にわかります。続いて、Aの特徴ですが、2財ともグッズなので、原点から遠い(すなわち、x・yの値が大きい)ほど、消費量が多い、すなわち効用は大きくなるのです。

それでは、財X・Yの消費量をそれぞれX・Y軸にとったXY平面上に、無差別曲線と予算制約線を同時に書き入れてみましょう。この個人は、予算制約領域内の点のうち、より効用が大きい消費の組み合わせを選ぼうとします。これはすなわち、上のAの特徴から、より原点から遠い無差別曲線上の点を選ぶわけです。予算制約線・無差別曲線とも右下がりなので、条件を満たす点は、予算制約線と無差別曲線が接する点になります。

以上より、ある個人が2財を消費するとき、消費の組み合わせとして予算制約線と無差別曲線が接する点を選ぶことがわかりました。それでは、このときに財の価格が変化した場合を考えましょう。財Yの価格は変化せず、財Xの価格だけが1/2になったとします。このとき、この個人が選ぶ最適な消費量の組み合わせはどう変化するでしょう?このことを考えるために、以下の図をご覧ください。

もとの予算制約線は、黒い実線で示される直線です。このときの財Xの消費量はx1です。ここで財Xの価格が1/2になった場合の予算制約線は、青の実線で示される直線です。なぜこのようなシフトが発生するかというと、財Xの価格が1/2になれば、同じ所得でも財Xはそれまでの2倍消費できる計算になるからです。財Xの価格低下による影響で、財Xの消費量はx1からx3に増加していますね。しかし、この消費量の変化は、2段階に分けて考えることができます。

図中の赤い破線で示される直線は、価格変化後の予算制約線(つまり、青の実直線)に平行で、かつ、もとの無差別曲線と接しています。このとき財Xの消費量はx1からx2に増加していますが、この変化はいったい何を意味するのでしょう?予算制約線が、価格変動後の予算制約線と平行であることは、赤い破線で示される予算制約線においては、財Xと財Yの相対価格が価格変動後の相対価格と一致していることを意味します。その制約線と、もとの無差別曲線が接しているということは、相対価格が変化しても、価格変動前の効用水準に等しい消費の組み合わせを選択していることになります。すなわち、財Xの消費量の増加は、財Xの価格低下により生じる財Xへの乗り換え効果を示すわけです。赤い矢印で示される財の消費量の変化を、代替効果といいます。つまり、財Xの価格が安くなったので、相対的に価格が高い財Yの消費を抑えて、代わりに財Xの消費量を増やすわけです。

続いて、x2からx3への消費量の増加について考えましょう。赤い破線で示される予算制約線から青い実線で示される予算制約線へのシフトは、純粋な所得の増加を意味します。ただし、ここで言う所得の増加とは、実質所得の増加を意味しています。実質所得とは、名目所得を物価で割った値であり、所得当たりの実質的な購買力を示すのです。物価が低下すれば実質所得は増加するので、図で示されるような、予算制約線の上方へのシフトが発生するわけです。この時、シフト後の予算制約線は新たな無差別曲線と接しています。そして、図から判断できるとおり、価格変動前の無差別曲線よりも価格変動後の無差別曲線の方が原点より遠い位置にあるため、価格変動後の消費の組み合わせからは、価格変動前よりも高い効用を得ることができます。これはすなわち、実質所得が増加したために予算制約が緩和されて、より効用を大きくできる消費量の組み合わせを選択できるようになったことを意味します。このような、実質所得の増加による財Xの消費量の変化(図中の青い矢印で示される変化)を、所得効果といいます。

基本的に、代替効果は、該当する財の消費量を増加させますが、所得効果は、該当する財の性質によって負の方向に働く可能性もあります。所得が増加すると需要が増加する財を上級財といい、逆に需要が減少する財を下級財といいます。所得効果が大きく働く下級財の場合は、代替効果による消費量増加の効果を上回って所得効果が働き、価格が低下したにもかかわらずその消費量が減少してしまう場合もあります。このような財をギッフェン財といいます。ギッフェン財の場合は、一般的な法則である需給の法則(価格が上昇すると需要が減少し、価格が低下すれば需要が増加する)が当てはまらず、その需要曲線は右上がりのグラフを示しますが、ギッフェン財に当てはまるケースは非常に稀です。

以上、ちょっと長くなってしまいましたが、これにて補説シリーズはいったん終了です。次回からは、バブル経済についていろいろ書いてみようと思います。

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