第6回:補説U〜長期における利潤最大化〜 2002年9月29日(日)

前回、完全競争市場における短期の利潤最大化について説明しました。結論を簡単に復習すると、各企業はまず、物価と短期平均費用(SMC)が等しくなる水準の生産量を選択します(=限界条件)。このとき、物価<平均可変費用(AVC)ならば、この企業は生産量を0にして操業を中止し(このときの価格Pを、操業中止価格といいます)、P≧AVCならば上で選択した生産量で操業するというものでした(=総体条件)。さらに、物価が短期平均費用(SAC)に等しくなる生産量を損益分岐点といい、このときこの企業の利潤は0になります。

今回は、長期における企業の行動について考えましょう。長期においては、すべての生産要素の投入量を自由に変化できます。つまり、生産量の変化に応じて、工場規模を変化させることも可能です。スーツ縫製企業における生産規模として、小規模(X1)・中規模(X2)・大規模(X3)を考えます。生産規模X1のとき、この企業は長期的に小規模工場を選択し、X2ならば中規模工場を、X3ならば大規模工場を選択します。今、この企業は生産規模X1を選択しており、小規模工場で操業していると仮定しましょう。このとき、常に短期平均費用は、長期平均費用(Long run Average Cost=LAC)を上回ります(すなわち、LAC≦SAC)。なぜかというと、もし短期平均費用が長期平均費用を下回る点があるのならば、この企業は長期的にそのような点を選択することによって利潤を増やすことができるからです。この仮定はつまり、生産規模X1のときに、現在の工場規模を選択することがこの企業にとって最適な選択であることを意味しているのです。そして、これは他の生産規模(X2やX3のとき)にも同様に当てはまるわけです。

さて、今ここで物価が変化したとします。このとき、この企業は短期的には工場規模を変化させることはできませんから、まずは短期限界費用曲線に沿ってその生産量を変化させます。しかし、もしこの物価水準が長期的にも続くのであれば、この企業は工場規模を変化させることが可能なので、変化後の生産水準に最適な工場規模を選択して、その生産量を生産するでしょう。上で述べたとおり、同一の生産量においては必ずLAC≦SACが成り立つので、もし物価水準が長期的に維持されるのであれば、工場規模を変化させた方がこの企業にとって最適の選択です。

この企業が長期的に最適な生産規模と工場規模で操業している場合の、短期費用と長期費用の関係をもう少し詳しく見てみましょう。前回述べたとおり、企業にとって最適な生産規模は、その価格と限界費用とが等しくなる水準です。よって、短期においても長期においてもP=MCが成立します。つまり、短期限界費用曲線と長期限界費用曲線は交わっているということです。また、工場規模が長期的に最適であるということは、短期的にも長期的にも平均費用が最小であることを意味しているので、LAC≦SACを考慮すると、短期平均費用曲線と長期平均費用曲線は、この生産規模の点で接していることになります。

長期における操業中止点について考えましょう。長期においては、すべての生産要素の投入量が可変的であるため、固定費用は存在しません。よって、長期における平均化変費用と、長期平均費用は一致します。価格が長期平均費用と一致する水準まで低下すると、企業の利潤は0になります(短期における損益分岐点の議論を思い出してください)。生産者余剰の定義式からわかるとおり、長期においては生産者余剰=利潤なので、長期においてはP=LACとなる点が操業中止点となります。さらに、短期における操業中止点では、企業は生産量を0にするだけにとどまるのですが、長期においては完全な市場からの退出を意味します。なぜかというと、長期的に利潤の正常化が望めない市場に残りつづけるよりも、ほかの市場に参入して利潤を得たほうがよいからです。スーツ市場において長期損益分岐価格(すなわち、操業中止価格)を下回るのなら、スーツ市場から完全に退出し、現在の固定資産を他の市場の参入に回した方がよいということです。

以上の長期分析と、短期分析の違いをまとめると、以下のとおりになります。

@物価が変化した場合、短期的には可変的生産要素の投入量を変化させることで対応するが、長期的には固定的生産要素の投入量を変化させることによって、生産費用をさらに低下させることができる。

A物価が操業中止価格に達した場合、短期的には操業を一時停止し、価格上昇後に操業を再開するが、長期的には操業を完全に中止し、その市場から退出する。

次回は、第2回目の記事にて少しだけ触れた、予算制約と消費者の選好について説明したいと思います。

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