第5回:補説T〜利潤最大化の条件〜 2002年9月15日(日)

今まで4回にわたって、ちょっとした疑問を経済学の視点から分析してきましたが、今回から3回ほどは、今まで何の理由付けもなく使ってきた、経済学の基礎について解説しようと思います。これまでの記事では、第1回目に債券市場、第2回目に地代と物価、第3回目に経済地代、第4回目に2財の選好について書いてきましたが、第2回目の記事において、完全競争市場における経済主体の利潤最大化について、少しだけ触れました。ここでは、完全競争市場における経済主体の利潤最大化の条件は、物価と限界費用が等しくなることだと書きましたが、その理由については全く触れませんでしたね。今回は、この部分について説明します。

まず、完全競争市場とは何かですが、これはすべての経済主体が価格独占力を持たない市場のことです。価格独占力とは、供給量を変化させることで物価に影響を与える力のことです。需要と供給の関係より、財に対する需要に対して充分な供給がなされなければ、その価格は上昇し(これを超過需要といいます)、財に対する需要以上の供給がなされていれば、その価格は下落します(これを超過供給といいます)。完全競争市場においては、供給量を増減することで、意図的に物価を支配することができません。こういう経済主体のことを、プライステーカーといいます。つまり、価格(Price)を与えられたものとして行動する、すなわち受けとる者(taker)というわけです。

続いて、ある経済主体が財を生産するときの利潤を考えましょう。以下では、スーツ縫製企業がスーツ市場にてスーツを供給する場合を考えます。ここで、スーツ市場は完全競争市場とし、この企業がスーツを縫製するために投入する可変的生産要素は、話を簡単にするために労働力のみであるとします。可変的生産要素とは、その投入量を変化させることができる生産要素のことです。ちなみに、経済学においてすべての生産要素が可変的となる期間のことを「長期」、そうでない期間のことを「短期」といいます。たとえば、スーツ縫製企業の場合では、労働力やスーツの原材料などは、需要の変化に対応して比較的迅速にその投入量を変えることができますが、需要が伸び続けるとその供給量を増やすためにスーツ縫製工場を拡大する必要が出てくるかもしれません。工場を拡大するには、労働力や原材料の投入量を増やすよりも時間がかかるでしょう。つまり、このスーツ縫製企業にとって、需要の変化に応じて工場の規模を変化させることができるだけの期間が長期、それより短い期間が短期となるわけです。今回の例では、工場規模を考慮していないので、短期における分析と考えて問題ありません。

さて、この企業の利潤とは、スーツを生産して販売したときの総収入から、スーツを生産するための総費用を差し引いたものになることは、容易にわかるでしょう。スーツを販売するときの総収入(Total Revenue=TR)は、スーツの価格をPとすれば、Pにその生産量をかけたものに他なりません。そこで、以下ではスーツを生産するときの費用について考えましょう。生産費用は、すべて固定費用と可変費用に分けられます。固定費用(Fixed Cost=FC)とは、その生産量に関わらず常にかかる費用です。可変費用(Veriable Cost=VC)とは、生産量に応じて変化する費用です。固定費用の例としては、工場の地代や工場設備にかかる費用、可変費用の例としては、労働者の賃金や原材料の価格などが挙げられます。固定費用と可変費用を加えたものを総費用(Total Cost=TC)といいます。また、総費用を生産量で割ったものを平均費用といい、特に短期の分析における平均費用を、短期平均費用(Short run Average Cost=SAC)といいます。さらに、可変費用を生産量で割ったものを平均可変費用(Average Variable Cost=AVC)といいます。

この企業がX単位のスーツを生産しているとして、この生産量から1単位生産を増やす時のことを考えます。この時に変化する生産費用の差分を、限界費用といい、特に短期の分析における限界費用を、短期限界費用(Short run Marginal Cost=SMC)といいます。この企業がスーツの生産量を変化させるとき、生産を1単位増やすことによって増える収入(これを限界収入といいます)と限界費用とを比較して、限界収入の方が大きければ、この企業にとって1単位の増産は利潤を増加させますね。ところで、完全競争市場においては、材の価格は常にPなので、限界収入(Marginal Revenue=MR)はPです。以上より、P>SMCであれば増産によって利潤を増やすことができることがわかります。逆に、P<SMCであれば減産によって利潤を増やすことができます。以上のことから、P=SMCとなるとき、この企業は最大の利潤を得ることになります。すなわち、「利潤最大化の条件は、価格(物価)と(短期)限界費用が等しくなること」であることがわかります。このことを、利潤最大化の限界条件といいます。

さて、この限界条件が満たされる生産量においては、常に企業にとって最良の状態となっているでしょうか?実は、答えはNOです。限界条件を満たす生産量においては、少なくとも総収入と総費用の差が最大になるという意味で、企業にとって望ましい状況ですが、必ずしも最良の状態ではないのです。なぜかというと、固定費用の存在があるからです。このことを示すために、新たな概念を導入します。それは、生産者余剰(Producers' Surplus=PS)と呼ばれるものです。生産者余剰は、利潤(以下ではπで表します)と固定費用の和で定義されます。固定費用は、上で説明したとおり生産量に関わらず一定なので、利潤を最大にする問題は、生産者余剰を最大にすることと一致します。ここで、利潤とは総収入から総費用を引いたものですから、

PS=π+FC=(TRーTC)+FC=TR−(TC−FC) ですね。

ここで、総費用=固定費用+可変費用ですから、

PS=TR−(FC+VC−FC)=TR−VC となります。

上式の両辺を、生産量Xで割ってみると、

(PS/X)=(TR/X)−(VC/X)

ここで、総収入=価格×生産量、平均可変費用=可変費用/生産量でしたので、

(PS/X)=P−AVC であることがわかります。

Xは常に非負の値をとるので、P−AVCが負のとき、すなわちP<AVCのとき、生産者余剰は負になります。それでは、このような場合に、企業はどの生産量を選択するのが一番望ましいのでしょうか。

何度もいっているとおり、利潤とは総収入と総費用の差です。もしこの企業が生産量を0にしたとき、総収入は当然0です。また、総費用は可変費用が0であるため、固定費用と等しくなります。この時の企業の利潤は、

π=0−FC=−FC であることがわかります。

この時の生産者余剰は、

PS=π+FC=−FC+FC=0 

となり、限界条件を満たす生産量における生産者余剰よりも大きくなります。このことから、価格が平均可変費用よりも小さくなった場合には、むしろ生産を中止した方が、企業にとって望ましいというわけです(損失を減らすことができるから)。価格が平均可変費用と等しくなる点を操業中止点といい、操業中止点におけるPを操業中止価格といいます。以上をまとめると、限界費用を満たす生産量において、P<AVCであれば、企業は生産を中止し、P≧AVCであればその生産量をとることが、企業にとって最良の選択となります。このP≧AVCを、利潤最大化の総体条件といいます。総体条件が満たされる限り、限界費用を満たす生産量ではPS≧0です。しかし、生産者余剰の定義式からわかるとおり、生産者余剰は正であっても、利潤が負になる場合が存在します。π=0となる点を損益分岐点といい、損益分岐点におけるPを損益分岐価格といいます。損益分岐価格よりも低い物価水準において、限界条件を満たす生産量で生産を続けることは、生産を続けることによって、被る損失を最大限相殺するという意味で、企業にとって最良の選択です。ちなみに、損益分岐点では、関係式TR−TC=0の両辺を生産量Xで割ることによって、P=SACという関係が得られることは、容易にわかるでしょう。(…わかりますよね?ヒントは、総費用÷生産量=平均費用)

ところで、「操業を中止する」とは生産量を0にすることであって、その市場から退出することを必ずしも意味しているわけではない点に注意してください。つまり、物価水準が操業中止価格に達したからといって、この企業がすぐさま市場から退出することは、有益ではないかもしれないということです。なぜなら、これは短期の分析だからです。短期的には操業中止価格でも、長期的に見れば物価が上昇すると見込まれる場合、もしこの企業が市場から退出してしまったとしたら、物価水準が操業中止価格よりも上昇したときに再びこの市場に参入するには、工場設備等をゼロから準備しなければならず、退出以前の水準で生産を開始できるようになるまでの期間は、得られる利潤をみすみす逃すことになってしまうのです(工場設立にかかる費用は、長期費用であったことを思い出してください)。この通り、長期分析と短期分析では企業の行動に差があるのです。長期の分析については、次回に解説したいと思います。

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