第2回:銀座の水割りは、なぜ高い? 2002年8月10日(土)

日本でも指折りの、ハイソな香り漂う街、銀座。東京を訪れたことがない人でも、銀座という街の名は一度は耳にしたことがあるでしょう。やまきも銀座には何度か行ったことがあるのですが、行くたびに「ここは、オレが来る場所ではないな…死」と、必ず屈辱にまみれて帰るハメになるのです。どうでもいいんですが、故・鈴木その子さんの会社のビルも銀座にあるんですが、あれは一見の価値があると思いますね(死)。

さて、鈴木その子の話はどうでもよくて、みなさん「銀座」というと、どんなイメージをお持ちですか?人それぞれいろんなイメージをお持ちだと思うのですが、おそらくみなさんが共通して、銀座に対して抱くイメージの一つに、「高級」(もしくは、それに準じるもの)というのがあると思います。銀座のちょっとした喫茶店に入れば、コーヒー1杯1000円だの、ちょっとこじゃれたバーに入れば、水割り1杯5000円だの、とにかく物価のケタが違う。同じ日本、同じ東京でも、新橋界隈の喫茶店や居酒屋なら、同じようなコーヒーや水割りがもっと安い値段で飲めるというのに(銀座と新橋なんて、歩いて10分も離れてないんですよ?)、この値段の差は一体、どこから生まれるのでしょう?どう考えても、品質の差だけでここまで大きく値段が変わるなんて、とても考えづらいですよね。

理由として、地価の問題をあげる人がいます。要するに、銀座の地価が高いから、それが物価にも影響する、というわけですね。この説、見た感じ納得できそうですが、実はこれは大きな誤りなのです。どのように誤りなのかを述べるために、地価と関係が深い「地代」について書こうと思います。

まずは、地代と地価の違いから説明しましょう。「地代」とは、ある期間にわたって土地サービスを利用するときの価格、「地価」とは、その土地の所有権の貨幣価値です。以下では、地代がどのようにして決定されるかについて考えましょう。さしあたり、以下で説明する土地は農業用地であると仮定します。ある農家が、この農業用地を借りて農作物を栽培し、最大限の利益を得ようとする場合を考えます。地代をR、土地の需要量をL、農作物の生産量をx、農作物の価格をPとします。また、農作物市場は完全競争市場であり、Pは所与のものと仮定します。さらに、農家が農作物を生産する上での可変的生産要素は、土地だけであると仮定します。つまり、生産量を変化させようとしたら、土地の需要を変化させることで対応するという意味です。この仮定の下では、農作物を生産するための限界費用(経済学では、微少な量の変化を「限界的」と言います)と、限界的に農作物を増やすために発生する地代は等しくなります。これを、R・L・xを用いて式で表すと、

限界費用=R×(dL/dx) となります。(dは、微少量の変化を表す数学記号。微分の記号ですね)

さて、この農家が最大限の利益をあげるための条件は、限界費用と物価が等しくなることです。なぜそうなるのかについては、いずれ説明する機会があると思うので、今はこの条件が常識であるとして読み進めてください。この条件により、上式の限界費用はPで置き換えることができるので、

P=R×(dL/dx) となります。

これを、Rについて解くと、

R=P×{1/(dL/dx)} となります。

ここで、{1/(dL/dx)}、すなわち(dx/dL)は、土地の投入量を限界的に増やしたときの生産量の変化率を表しており、「土地の限界生産物」と呼ばれます。また、土地の限界生産物と生産物の価格との積(すなわち、P×(dx/dL))を、「土地の限界価値生産物」といいます。よって、地代はその土地の限界価値生産物に等しくなることがわかります。

続いて、地価の決定方法を見てみようと思います。ある人が土地をn年賃貸すると、n年後に確実にRnの地代を得られると仮定します。この時のRnを、前回の国債の話でおなじみの、現在の貨幣価値に換算してみましょう。現在、市場利子率がiであり、今後不変であると仮定すると、Rnの現在価値は、Rnを(1+i)のn乗で割ったものになります。このことから、n年後に得られる地代総額の現在価値は、

R={R1/(1+i)}+{R2/(1+i)^2}+{R3/(1+i)^3}+…+{Rn/(1+i)^n} です。

さらに、n年後にこの人がこの土地を売ると仮定すると、売却益の現在価値は、n年後の予想地価PVnを(1+i)のn乗で割ったものです。現在の時点で、将来の地価を完全に予想できると仮定すると、現在のこの土地の地価PVは、将来得られる地代総額の現在価値(上式のR)と、将来の予想地価の現在価値(PVnを(1+i)^nで割ったもの)の和に等しくなります。(この論法は、コンソル債券の市場価格の考え方とほとんど同じですね)

上で述べたとおり、地代もしくは予想地価が上昇すると、現在の地価も上昇します。そして、地代は土地の限界価値生産物が大きくなれば上昇します。以上をふまえて、銀座の水割りの話に戻りましょう。バーの店主は、銀座の土地を借りて、バーを営んでいるので、バーで出される水割りは、土地の生産物とみなすことができます。よって、「バーで出される水割りの価格が上昇すると、土地の限界価値生産物が大きくなり、地代が上昇する」ことになります。地代の上昇によって銀座の地価が上昇します。以上より、「銀座の水割りが高いのは、銀座の地価が高いからである」というのは間違いで、「銀座の地価が高いのは、銀座の水割りが高いからである」というのが正しいことになります。意外な結果ですね。。

しかしこれでは、本題である「銀座の水割りがなぜ高いのか?」の理由の説明にはなっていませんね。結局、何が原因で銀座の水割りの価格は高くなるのでしょう。これは実は、消費者は、銀座で飲食をするときに、財(この例では水割り)に対して需要すると同時に、見栄や贅沢さに対しても需要していて、後者の需要に対してより多くの対価を支払おうと考えるからなのです。特に、「社用族」と呼ばれる人々は、会社の経費で飲食するため、各人の予算制約線が大きく上方にシフトし、見栄や贅沢さに対する需要は、その所得効果によって大きく増加するのです。よって、結論として

@消費者が、高い金を払って銀座で飲み食いしようとする

A銀座の物価水準が上昇する

B銀座の、土地の限界価値生産物が大きくなり、地代が上昇する

C地代の上昇にともなって、銀座の地価が上昇する

以上、@〜Cのプロセスを経て、現在のような銀座情勢が生まれているのです…恐るべし、社用族。。。

※予算制約線…ある個体が所得のすべてを財の消費に充てると仮定したとき、各々の財の消費の組み合わせを示すもの。今回の例では、消費する財は「水割り」と「贅沢さ」の2つだけである。詳しくは、別の機会に…。

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